うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『サンディーノ戦記』高橋均

 1920年代のニカラグアで行われた戦争について。ヨーロッパに対しては距離を置いていた印象のある合衆国だが、アメリカ大陸では積極的に活動を行っていた。

 

 中央アメリカ共和国は19世紀、メキシコの独立に乗じてスペインからの独立を果たす。当初はメキシコに編入される予定だったが、メキシコ国内の内紛が続くと分離し、やがて5つの州……グアテマラホンデュラスエルサルバドルコスタリカニカラグアがそのまま独立国となった。

 中央アメリカにおいては保守党と自由党が権力を争う二大勢力として抗争を続けていた。党名がついてはいるが、政策や思想の違いは成立間もなくして消えた。

 19世紀末、イギリス帝国は力を失っていき、新大陸と極東の管理をそれぞれ合衆国と日本に委任した。

 アメリカはモンロー主義を掲げ、列強がラテンアメリカ秩序に手を出すことを拒否した。さらに、セオドア・ローズヴェルトのコロラリー(系論)を掲げた。これは「合衆国自身がこれらの国(ラテンアメリカ諸国)に介入して、ヨーロッパから文句の出ないような情勢づくり」をするというものである。

 合衆国は海軍や海兵隊を利用し米西戦争を戦いキューバを独立させ、またパナマ運河に傀儡国家をつくった。中米諸国に金を貸し内政干渉を行った。

 ニカラグアについても合衆国は干渉を行った(第1次、第2次ニカラグア干渉)。ニカラグアの大統領は米国の承認なしにはやっていけなかった。米国が承認しない場合、野党や反対勢力はすぐにクーデターや反乱を起こした。ニカラグアは米国に依存するようになった。

 海兵隊ニカラグアに常駐し、内乱の鎮圧及び選挙の監視任務にあたった。

 保守党政権に対し、自由党勢力が反乱を起こしたとき、海兵隊はこれを取りやめさせようとした。米国役人のスティムソンは自由党軍のモンカダと会談し、モンカダは反乱を中止した。しかし、このときモンカダ隷下の部隊長であるアウグスト・セサル・サンディーノは停戦を拒否した。

 サンディーノは海兵隊及び合衆国に対しニカラグアから手を引くよう主張しゲリラ戦闘を行った。

 このとき海兵隊ニカラグア政権を安定させるために次の任務を担当していた。

・反乱及びクーデターの抑止

・選挙監視

・党派性を持たない国民警備隊の創設

 合衆国は利益のない中米諸国への干渉から撤退したがっていた。他国への干渉は国内外から批判を受け、またサンディーノ戦争によって海兵隊に死者が出ると非難が高まったからである。

 政権を安定させる国民警備隊をつくり、正当な選挙を実施させたところで海兵隊を撤退させることが合衆国の目標だった。

 サンディーノの部隊と海兵隊及び国民警備隊はパトロールと呼ばれる小規模部隊を単位としてゲリラ戦を行った。戦闘はほとんどが待ち伏せによるもので死者が数名出るたびに互いに撤退した。1927年から1932年まで、こうした低強度紛争が続けられた。

 1932年、海兵隊が撤退し、サカサ大統領とサンディーノは和解した。しかしサンディーノ軍に領地を与え、また国民警備隊に準ずる軍事組織としての地位を与えるという大統領の方針に、国民警備隊が反発した。このとき国民警備隊は海兵隊の手を離れ、モンカダのかつての部下であるアナスタシオ・ソモサが総局長を務めていた。

 サンディーノと国民警備隊はゲリラ戦争によって険悪な関係にあった。サンディーノは国民警備隊を違憲であると批判し、サカサ大統領と組んで国民警備隊を排除しようと画策した。

 このため、ソモサは会談に向かうサンディーノを襲撃させ暗殺した。その後手続きを経て大統領の座につき、以後長い王朝を築いた。

 国民警備隊は海兵隊の技術を受け継いだ軍事組織となり、ソモサの権力基盤となった。国民警備隊は組織的な汚職を行い、ソモサの資産はニカラグアのGDPの半分を占めるようになった。

 フランクリン・ローズヴェルトの「善き隣人」政策により、ソモサを含む中米の独裁政権は持続した。外部に害を及ぼさない限りその国を放っておくのが合衆国の方針となった。「ニカラグアを四方から押えこんで悲惨の博物館としてさらしものにしておけばいい」。

 著者は、合衆国の隣国として存在を続ける限り何らかの構想を持っておく必要があると主張する。

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 サンディーノ

 サンディーノは農園に生まれた。当初はアナーキズム及び社会主義を旗に労働者をたきつける等の活動を行っていたがやがて自由党軍の反乱に乗じて「将軍」を名乗った。中南米にはこのような自称「将軍」がたびたび出現する。

 かれはスピリティスムに傾倒し、降霊術、霊との交信にこだわった。南米のスピリティスム団体はかれを支部長に任命し、またこうしたオカルト主義者も熱心なサンディーノ支持者になった。

 晩年はジャングルにこもり教祖のような生活をしたため徐々に精神が歪んでいき、支離滅裂な檄文を書くようになった。

 メキシコに亡命した時代には共産党とも交流したが教条的な共産党はやがてサンディーノを非難するようになった。

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 ソモサ

 農園に生まれ若い頃合衆国に留学した。職を転々としたあとモンカダの傘下に加わりやがて国民警備隊総局長に任命された。英語が堪能で人当たりが良かった。

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 ゲリラ戦

 海兵隊はデハヴィラン複葉機やその後継機を利用してゲリラ掃討を行った。武器は第1次世界大戦の機関銃や小銃、狙撃銃等が使われた。国民警備隊とゲリラは双方にマチェットを利用して拷問や屍体損壊を行った。

 装備品……ルイス銃、ブローニング機関銃、エンフィールド銃、ダイナマイト、その他。

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 低強度紛争と文中にある通り、とても小規模な戦争である。ニカラグア自体が小国だからだろう。サンディーノのゲリラ部隊は4ケタいるかいないかであり、戦争の死者も両軍合計で1000人ちょっとである。数十人の部隊でクーデターが可能だった。

 サンディーノの遺志はサンディニスタに受け継がれソモサ王朝を打倒した。 

サンディーノ戦記―ジャズ・エイジのヴェトナム戦争 (ラテンアメリカ・シリーズ)