うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『火の記憶Ⅰ 誕生』エドゥアルド・ガレアーノ

 インディオ創世神話には、罰と制約の概念が頻繁にあらわれる。神は完全な世界を司り、ほかのものが自らに伍しようとするのを許さない。こうして傲慢な動物はこらしめられ、その特徴をからだに刻まれる。うさぎは耳をつかんで放り落とされ、コウモリは羽をむしられていまの姿になった。千里眼をもっていた人間は神によって目に覆いをかけられ、地平線から先を見えぬようにされてしまった。死はもっとも特徴的な罰である。死が生まれる前、人間は死なないか、五日たつと村に戻ってきたという。

 動物、鳥にとどまらず、気候風土・自然現象もまた神の気まぐれをこうむる。完全な世界とは無規則の世界なのだからつまりなにもないことと一緒なのだ。神はここに制約をつくる。世界は建築されるのではなく、一木造の仏像のように徐々に削られてかたちをなしていくのだ。一定のあいだ光を覆うと決めればこれが夜になり、西風を人間に管理させることで嵐は季節の出来事になる。

 なぜ神話は神による懲罰というタイルで構成されるのか? 

 文明の始原の住民たちはまだ合理性に触れていなかったため、彼らは経験に頼って生き延びるしかなかった。フセインイラク兵を横一列にならべて地雷原を突破させたが、古代人の生活も似たようなものだったはずだ。

 こうして罰をたくさんうけたインディオたちは、百、二百もの罪状を帯びた服役者のようになってしまった。罰を避けるために彼らは物語をつくり、心臓を神に捧げたのである。限界が定められる一方で、善行はむくわれ人間の糧となる。月を助ければマテ茶を得る。

 

 フランシスコ・ピサロはコロンの最後の航行に随行した首切り役人だった。オドアケル劉邦朱元璋とともに、ピサロもまたピラミッド踏破者の一人に列せられる。

 彼の人生はエストゥレマドゥーラ州の教会に捨てられるところからはじまった。アマド神父と手を組みインカ皇帝アタウアルパを虜囚とすることに成功した。このアタウアルパも暴君だったのだから、インカ征服の歴史が道徳教材に用いられることはないだろう。

 カルロスⅠはその業績をなすにあたりアウグスブルクのヴェルザー家から多額の融資を受けた。この代価としてベネスエラにはヴェルザー家から総督がつかわされることになる。

 経済権力の目覚めはすでにはじまっていたのである。かつては武器が財産をつれてきたが、いまや財産が武器満載トラックを牽引するようになった。インディオたちは侵略者たちを、金を狙ってやってくるものと考えた。

 凶悪宇宙人が人間の脳をもとめておしよせるように、キリスト教徒、スペインの犯罪者、下流貴族、ごろつきたちは金をもとめて大陸に集合した。

 

 エル・ドラドにたどりついた三人の叛将、「グラナダ男ケサダ、銀行家ヴェルザーの名において征服を遂行するフェデルマン、コルドバ男のベナルカサル」。

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 スペイン出現後が時系列に沿った物語の体裁をとっているのにたいし、インディオたちの伝承を集めた「始原の声」には時間や場所といった概念がほとんどみられない。これは神話ならば当然ともいえるが、暦やキリスト教に象徴される直線時間の線路にのせられる前の世界を意味しているのかもしれない。少なくとも、ガレアーノにとって先植民地時代の時間は神話の時間だった。マヤの暦は西洋暦と計量法は異なれど、年を積み重ねていくという点では同一だからだ。

 

 インディオの征服から金銀をもとめてのスペイン人の行進、そして内紛と、血の歴史は絶えない。このなかで一つだけ浮き上がっているのがキリストの名を借りた略奪に異を唱えつづけたバルトロメ=デ・ラス・カサスである。

 新大陸は貪欲の宴会場となる。銀によるインフレ、ジェノヴァフランドル、ドイツへの資本の流出。作者の臨終を見守るドン・キホーテとサンチョ・パンサ。ケベードが四行詩をつくり、シェイクスピアがその作品を残して死ぬ。エリザベスは海賊ドレイクをあやつりスペインからむしりとる。

 イングランド国王からもらった私掠特許状をぶらさげていた海賊ヘンリー・モーガンはオランダの要塞を陥落させ、海を荒らしまわる。

 

火の記憶〈1〉誕生

火の記憶〈1〉誕生