うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『中国現代化の落とし穴』何清漣

 豊富な具体例と中国の実際の制度にまで踏み込んだ説明がされており、読み応えはある。しかし、大変読みにくい。

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 著者は中国の改革開放体制に批判的である。改革は、貧富の差の拡大、生態系の破壊、汚職腐敗など倫理道徳の退廃をもたらしただけだからである。北京、上海、広州、深センなどの繁栄は、その他大部分の貧しい地域を犠牲にして成立している。

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 改革の一環である「株式制改造」つまり株式会社の導入は、レントシーキング(権力が私服を肥やす行為)を増大させただけだった。国有資産が掠奪されたのである。株式制は、経営体質の改善のためでなく、もっぱら資金集めのために利用された。詐欺的な株式発行は『人民日報』を通じて国民に宣伝され、投資を煽った。

 「開発区」制度においてもレントシーキングはおこなわれた。

 「実権をにぎる多くの人間が不動産会社とグルになり、きわめて安価な値段で広い土地を囲い込み、占有し、その後に「二級市場」で転売して暴利をむさぼった」。

 土地囲い込みは沿岸部に集中していた。

 国有企業もまた汚職・横領など腐敗の温床である。金を手に入れたもののほとんどは非正規手段を利用している。関係網、つまりコネである。八〇年代までは親族や友人のつながりが主だったが、現在では金や賄賂を支払えばだれでも関係網に加わることができるという。

 ――公共のモラルを軽視し個人的な関係を重視するのは、中国人の人間関係の特徴のひとつである。

 中国の伝統も加わって、汚職腐敗は悪いことだという認識がほとんど消え去った。改革開放によって経済倫理は失われ、善悪の区別がつかなくなった。外国企業は中国の悪習を是正するどころか、香港やシンガポール華人系企業に遅れまいと必死に適応している。

 モラル崩壊のひとつは契約が守られないことだ。お互いが支払いを滞らせる三角債なる風習がまかり通っている。つぎに偽商品の蔓延である。偽食品、偽医療機器、海賊版は、地方政府と黒社会の援助をうけている。

 「一部の地方政府は偽物の製造販売を公然と奨励している」。

 さらに偽造紙幣も存在する。株式市場での法規違反も広がっている。"People's Rupublic of Cheat"という呼び名もつけられた。

 金融とは信用創造だとどこかに書いてあった気がするが、中国では信用が確立していない、と著者は主張する。

 そもそも、「大公無私」、「公が先、私は後」といった集団主義的な精神は、共産主義化においても根付かなかった。この集団主義的な経済倫理が、開放によって一気にはがされ、私利私欲のままにうごめく大群となった。物質的欲望や利益への欲求が爆発し、「道徳規範の喪失」状態に陥った。

 ――五〇年代は人と人が助けあい、六〇年代は人が人を粛清し、七〇年代は人と人がだましあい、八〇年代は人といえば自分だけ、九〇年代は人に会えば、ぼったくる。

 現在では、身内親族や近所を標的にする詐欺、誘拐、泥棒が格段に増えたという。著者の言うとおり、巷で流れるこうしたフレーズは非常におもしろく、優れている。
毛沢東時代の密告制度で傾いた道徳倫理は、改革開放で完全に破壊された。中国は「人みな泥棒」の言葉通りになってしまった、と著者はいう。制度や商品以前の問題として、国民の心性が腐っていてはどうしようもないのだ。

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 人口過剰は労働力の供給過多を生み、都市部には仕事のない出稼ぎ農民があふれている。ShenZhenなどの治安を悪化させたり、残虐な強盗殺人を立て続けにおこしているのは、大半が文盲の、資質の低い農民である。

 

 中部や広西部では、同姓のものが結束した宗法組織が復活しつつある。彼らは一族の系譜図を自前でつくり、それを各地の親族に配り、結束して活動する。

 「農民大衆を管理監督する能力にかけては、現在の政府の基層組織である村民委員会より宗法組織のほうがはるかに上である」。

 組織化は工業化、集団化から置いていかれた農村で著しい。

 宗法組織は独自の罰則規定をもち、ときにはメンバーを粛清する。

 「ある地域では宗族権力がすでに国家の行政権力や司法権力と肩を並べる権力として表舞台に登場している」。

 地方幹部は農民に重税を課し、司法や警察組織とも手を組んで、農民の反抗を封じている。農民たちも幹部を暗殺したり暴動をおこしたりと、敵対関係にある。地方マフィアと幹部の違いは、合法であるか非合法であるかだけである。黒社会、黒道が、白道(公的権力)と結びつき、農民を虐げる現象が、地方で多発している。

 「中国は清代いらい、幇会(バンホイ)〔秘密結社〕文化が民間に深く浸透しており」、近年では愚劣な宗教カルトを通しての社会統合も見られる。

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 ブラック・エコノミーは地下経済、秘密経済とも称される、不法な経済活動、闇経済活動をさす。不法所得を生むおもな部門は……密輸、麻薬取引、売春、賭博、拉致・誘拐と人身売買、リベート、賄賂、金融関係の違法行為、株式、不動産、偽領収書の発行、闇工場、許可文書や許可証の転売、国有資産の侵犯など。

 黒社会は改革開放を経て復活し、とくに広東、広西、雲南、四川、山西で猛威をふるっている。組織形態は地縁型が最も多く、血縁型、業縁型がそれにつづく。

 ピンク産業の復活とともに黒社会の隆盛も著しく、また黒社会の仕事にはかならず白道や官僚の積極的な介入が絡んでいる。黒社会の隆盛はモラルを破壊させ、「大きく法を犯せば大金がもうかり、小さく法を犯せば小金がもうかる。とにかく法を犯さないと金はもうからない」といった標語を広める結果になる。

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 中国は「ラテンアメリカ病」の兆候が見られる、と著者は言う……すなわち、国家の軟性化(腐敗と機能不全)、農業の破産と農民の都市流入、それに伴う治安の悪化、地下経済黒社会の台頭と、役人との合流、貧富の差の拡大、政治経済利益集団外資企業による共同統治、などである。環境の破壊も無視できない程度まで進行している。

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 本書で言及されているような改革開放の負の面を考えると、鄧小平の路線の意義そのものを見直さなくてはならないと感じる。

 

中国現代化の落とし穴―噴火口上の中国

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