うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『シチリア・マフィアの世界』藤澤房俊

 マフィアとはシチリア島で生まれた現象である。マフィアの発祥は、シチリア島の政治経済に由来する。古来よりシチリアは多くの侵略者によって平定され、不在地主による大土地所有制(ラティフンディア)が敷かれた。

 地主貴族にかわって農民を監視したのが、ガベロットといわれる徴税監視人や、土地の貴族である。ガベロットはルペラ(猟銃の一種)を肩にかけ、馬に乗って農民を監視し、暴力によって支配した。農民たちはかれらに上納金をわたすかわりに、山賊からの保護を得た。ガベロットは地主に対しても暴力を行使した。要求にしたがわない地主の家を焼いたり、家畜の首を切断したりといった行為によって要求を受け入れさせた。

 かれらがやがてマフィアとしてシチリアを支配することになる。

 マフィアの特性のひとつは、かれらが極貧ではなく社会的な中間階層の出身だということである。

 イタリア統一の際、ガリバルディはマフィアと山賊を利用した。山賊は家畜を盗んだり辻強盗をはたらく集団だが、マフィアはかれらを統括していた。マフィアはイタリア王国が誕生すると、子供たちに高等教育を受けさせ、かれらを医者や神父、弁護士や政治家といった社会的に高い地位に就かせ、政治との癒着をはかった。こうした、政治にたいするはたらきかけもマフィアの特性のひとつであり、今なおマフィアを根絶できない原因である。

 政党政治の確立後も、マフィアと政党がお互いを利用した。社会主義運動もまた、ある点ではマフィアと協力し、別の点ではマフィアと対立した。

 ムッソリーニファシスト党をつくると、かれはシチリア・マフィアを根絶しようと考える。ムッソリーニシチリアを訪問した際、マフィアのドンの機嫌を損ねた。かれが広場で演説したとき、集まったのは十数人の乞食と知的障碍者だけだった。ムッソリーニは県知事に元警察官僚のモーリを登用し、マフィア弾圧を委任した。

 モーリは山賊の根城を軍隊によって鎮圧し、マフィアを大量検挙した。ただし、本当のボスは弾圧を逃れたため、根絶にはならなかった。表面的には、マフィアは社会から姿を消したが、影響力は残された。

 やがて、軍事大臣とマフィアの関係があきらかになるとモーリは失脚し、シチリア政策は途絶した。

 シチリア・マフィアは、アメリカ移民によるマフィア、「マーノ・ネーラ(黒い手)」、のちの「コーザ・ノストラ」とも深いつながりをもっていた。アメリカのラッキー・ルチアーノの世代から、マフィアは変質していく。

 古い時代のマフィアは、沈黙や威厳を重んじ、土地の名士であり、農民から畏敬を受けていた。ルチアーノはアメリカにおいて、それまでマフィアが手を付けなかった売春や麻薬売買を取り仕切り、同じく蔑視されていたマルセイユの犯罪集団カモッラとも協調する。シチリアにおいても、「名誉ある」マフィアにかわって、より暴力的で、ギャングに近いマフィアが台頭する。

 大土地所有制が消滅したことで、マフィアは農村から都市に基盤を移していった。

 その他、第二次大戦後のシチリア独立運動の裏にマフィアが存在したことについても触れている。山賊ジュリアーノの生涯についてもくわしくかいてある。

 

シチリア・マフィアの世界 (講談社学術文庫)

シチリア・マフィアの世界 (講談社学術文庫)