うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『On Tyranny』Timothy Snyder  ――放っておけば社会は腐る

 冒頭のLeszek Kolakowskiの言葉……「政治において、騙されたという言い訳は通用しない」

 

 ロシア語、ウクライナ語の文献からヒトラースターリン独ソ戦を研究する歴史学者による本。『Blood Land』、『Black Earth』などで有名である(その内、本メモをアップロードする予定)。

 

 

 

 プラトンアリストテレス以来、僭主(Tyrant)の出現をどう阻止するか政治学の大きなテーマだった。

 合衆国建国の父たちは、僭主の阻止を最大の問題と考えていた。今世紀、民主主義はファシズム共産主義、ナチズムに道を譲ったが、それは不平等の拡大、無力感の増加に反応した結果だった。

 本書では歴史から教訓を学び、暴政を阻止するためにわれわれが何をすべきなのかを提示する。

 

 著者はトランプの登場に大きな危機感を持っており、具体的なファシズムの兆候が描かれる。内容は簡潔だが、非常に影響力の強い本である。

 同時に、ロシアの情報戦・サイバー戦に対しても注意するよう呼びかける。

 

 

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 1 前もって従うな(忖度するな)

 英語ではAnticipatory Obedience, Obedience in Advanceなどという。

 たいていの権威主義体制は民衆の忖度によって自由に権限を与えられる。

 ヒトラーナチスの拡大は市民や信奉者たちの自発的な協力(反ユダヤ暴動や前線での虐殺行為)によって達成された。

 ミルグラムの実験を例に、人間が新しい権威に対し非常に従属的になり得ることを示す。

 

 

 2 制度を守れ

 制度――司法、報道、法律、労働組合――は人によって守られなければ簡単に崩壊してしまう。

 ヒトラーが政権をとったとき、ユダヤ人を含む多くの人びとは、ヒトラーが公約通りの荒唐無稽な政策を実施するはずがないと考えていた。

 1年たたぬうちにヒトラーは既存の制度を無力化していった。

 

  

 3 一党制に注意しろ

 独裁政党に機会を与えてはいけない。地方、国政選挙に参加し、多党制と民主的投票制を守らなければならない。

 自由を奪おうとする勢力に対し常に警戒していなければならない。

 1932年にナチ党に投票した有権者、1946年に共産党に投票したチェコスロヴァキア有権者は、それが最後の投票機会だということに気がついていなかった。

 合衆国のことわざに「年次選挙が終わったときに僭主制が始まる」というものがある。

 

 

 4 世界のシンボルに責任をとれ

 シンボル(象徴)はいずれ未来の現実となる。鉤十字などの憎悪(ヘイト)の兆候に注意しなければならない。

 シンボルが所属だけでなく他の市民の排除を含意するようになることがある。ソ連における資本家=豚の比喩や、ナチス政権下でのユダヤ人へのレッテル張り、黄色い星着用義務など。

 

 

 5 職業倫理を忘れるな

 医者、実業家、役人、法曹たちが職業倫理を持ちナチスの非人道命令に抵抗していれば、歴史は今と違っていただろう。各職業が自分たちをひとつの集団として認識し、倫理と規則を遵守を心がければ、それは大きな力になる。

 

 

 6 準軍事組織に警戒せよ

 反体制的武装組織が公然と街頭に出たときは終わりが近い。体制側武装組織が警察と結託したとき、それはすでに終わりである。

 民主主義や法治主義は、政府が暴力を独占することで達成される。戦間期ファシズム団体やSA(突撃隊)、SS(親衛隊)は、法の枠外で暴力を行使することによって、民主主義を無力化していった。ホロコーストを担ったSSは法律の外にあった。

 

 大統領選において、群衆に対し抗議者・異論派を排除させるようけしかける動きがあった(トランプか?)。こうした群衆暴力はやがて警察・軍隊と対峙し、浸透し、警察・軍隊を変質させる可能性を持っている。

 

 

 7 武装しなければならないなら慎重であれ

 軍、警察として銃を持ち勤務する場合は、過去多くの悪が行われたことを自覚し、間違ったことにはノーといえるよう覚悟しなければならない。

 ドイツ、ソ連の粛清や大量殺戮は、通常警察や通常軍のサポートがあったからこそ成立した。

 かれらは目立ちたくない、弱くみられたくないという理由でユダヤ人や市民を射殺した。

 

 

 9 目立て(Stand Out)

 誰かが違うことを言わなければならない。そうすれば人はついてくる。

 ドイツがフランスを占領したとき、イギリス国内で徹底抗戦を唱えたのはチャーチル首相とごく一部だけであり、大半はドイツとの休戦を望んでいた。チャーチルの決心は、当時は少数派だった。

 ワルシャワ・ゲットーでユダヤ人を助けた歴史家の女性も、自身は自分の行動は通常だったと回顧するが、当時の状況では並外れた勇気ある行動であり、目立つものだった。

 

 

 9 言語を大切にせよ

 自分のことばで気持ちを表明すること。インターネットから距離を置き、本を読め。

 オーウェルブラッドベリの小説では、本は禁止され、語彙は制限され、スクリーン映像による支配が完成している。

 テレビに接するならまず自身の思考枠組を確立させていなければならない。

 読書のすすめ:ドストエフスキークンデラフィリップ・ロスクレンペラーヴァーツラフ・ハヴェルハンナ・アーレント

 

 

 10 真実を信じろ

 事実のないところに自由はない。本章はトランプに対する直接的な批判である。

 

 ナチス時代の回顧録を残したクレンペラー(Klemperer)による全体主義の4つの兆候:

・事実に対する敵視……うそを繰り返しつくことで架空の世界がつくられる

・まじない……レッテル貼りや決まり文句を繰り返し唱える

・支離滅裂な思考が公然と表現される……減税しつつ社会保障と軍事費を増やす等

・誤った信仰(Misplaced Faith)。神や総統の言葉を信仰したとき、身の回りの事実は意味を持たなくなる。

 

 ドイツが敗戦したとき、戦傷などで障害者になった兵隊や労働者は、「わたしは総統を信じている、総統はうそをつかなかった、理性による理解は無意味である」とクレンペラーに語った。

 プロパガンダを通じて人は徐々に事実に無頓着になっていき、嘘の世界観や指導者を信仰するようになる。

 ポスト・トゥルースファシズムの前兆である。

 

 

 11 調査せよ

 調査報道メディア(特に活字メディア)を支援し、長い記事を読め。インターネットに注意せよ。

 大統領選で重要になったのはインターネットだが、ネットは見世物の原理に基づいている。

 トランプが女性蔑視発言を繰り返し、6つの会社を倒産させ、ロシアとカザフスタンから不自然な救済融資を受けたという事実は看過されてしまう。

 

 時間と費用のかかる調査報道を重視せよ。

 情報を得ることは、水道修理や車の修理と同じく金のかかることである。無料で得られる情報に基づいて政治的判断を行うのは危険である。ジャーナリストとしての職業倫理を持った人間を探すこと。

 

 インターネット時代には、だれもが事実に関する責任を負う。確固とした倫理のあるジャーナリストをフォローしていれば、フェイクニュースをまき散らすこともないだろう。

 

 

 12 アイコンタクトと雑談をせよ

 20世紀の様々な圧政において、隣人や知人との挨拶や雑談がなくなったときに恐怖を感じたという回想が多くみられる。信頼できる人びとを知っていることが、生存につながる。

 

 

 13 外に出て政治を実践せよ

 権力はあなたが部屋の中で、モニターの前で大人しくしていることを望んでいる。

 抗議はSNSでも行われるが、外に出ない活動は現実のものにはならない。抵抗は異なる派閥が共闘できるものでなければならない。

 チェコスロヴァキアでの連帯運動が例に挙げられている。

 

 

 14 私的生活を確立せよ

 支配者はあなたの私生活からあなたを追い詰めようとする。インターネットは無防備であると認識せよ。また法律トラブルも、あなたを罠にかけようとするきっかけとなる。

 また政治に私的生活を持ち込むことは、人間生活全体を政治化しようとする全体主義につながる

 秘密の暴露だけを追い求めるようになれば、世界は陰謀論に引き込まれていく。

 

 

 15 大義(Good Causes)に対して寄付せよ

 アメリカ人にとっての自由とは、巨大な政府に対する個人という構図である。

 しかし、自由には仲間やグループで支え合うという形もある。

 権威主義体制やファシストにとって、政府のコントロールできない組織、協会は敵である(インド、トルコ、ロシア等)。たとえ非政治的であってもそうした組織は自由を支える柱となる

 

 

 16 他国の同胞から学べ

 海外の友人をつくり、常にパスポートを携帯せよ。

 

 ロシア、東欧出身の専門家たちは、トランプの大統領選をより現実的に見ていた。

 アメリカ人は、フェイクニュースとサイバー戦に対して無防備すぎた。ウクライナはロシアのフェイクニュース攻撃に対し迅速に対応したが、アメリカは逆に、ロシアの欺瞞情報を自ら拡散した(ヒラリーのメール問題)。

 

 

 17 危険な言葉に耳を傾けよ

 過激主義やテロリズム、緊急事態や例外といった言葉に注意せよ。愛国的な語彙の濫用に注意せよ。

 

 カール・シュミットは、すべてのルールを破壊する秘訣は「例外」を持ち出すことだと書いた。自由と引き換えに安全を提供すると提案する支配者は、そのどちらもあなたから奪おうとしている。

 

 

 18 想定外の事態にも冷静であれ

 僭主はテロや災害を活用する術をもっている。かれらは機会をとらえて権力の集中を図り、勢力均衡の破壊や、野党の解体、自由の制限などをたくらむ。

 

 本章では、プーチンの統治方法を詳しく説明し、警告する:

  自作自演テロによる権力集中

  他国へのフェイクニュース攻撃により極右を台頭させ、親露派を増やす

  ウクライナに所属不明の部隊(記章を外した正規ロシア軍)を派遣する等。

 

 ナチス時代の国会議事堂放火が象徴するように、僭主は、一瞬のショックを利用して永遠の服従を手に入れようとする。

 

 

 19 愛国者であれ

 将来の世代に対し、アメリカ人としての模範を示さなければならない。

 愛国的でない例として無数に列挙される行為――徴兵逃れ、現役兵への侮辱、ロシアからの利益供与、政治資金の私的流用等――は、すべてトランプを指すものである。

 

 重要なのは、ロシアとアメリカは敵であるということではない。愛国主義(Patriotism)は自分自身の国に仕えるものであるということだ。

 

 トランプはナショナリストだが愛国者ではない。

 ナショナリストは我々を最悪な方向に仕向けつつ、きみたちは最高だと告げる。ナショナリズムは現実世界に興味がなく、ただ怒りによってのみ動く。そこには普遍的・倫理的な価値がない。

 

 愛国者は自らの国が理想に近づくことを望む。我々自身が最良の姿になることを望む。愛国者は現実の姿を問題視し、それを変えようとする。

 

 

 21 可能な限り勇敢であれ

 私たちのうちだれも自由のために死のうとしなければ、皆が圧政の下で死ぬことになる。

 

 

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 あとがき

 必然性の政治(この道しかない、歴史は必然的に自由民主主義の方向へ向かってい る)、永遠性の政治(あの理想の時代に戻ろう)に対する注意喚起。

 この2つの考え方は、西側諸国とロシアがそれぞれ自由のない社会に流れていくうえで基盤になったものである。

 どちらの態度も、歴史に反している。歴史は我々に対し過去を洞察し問題を解決する能力を与える。