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the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『神の歴史』カレン・アームストロング その1

 本書は、ユダヤ教キリスト教イスラーム教を対象に、人間の神についての認識がどのように変遷してきたかをたどる。

 非常に分厚い本だが読んでよかったと考える。

 神、自分たちより超越的な存在という観念は、人間の歴史とともに常に存在してきた。しかし、「神」という言葉が示す定義は広く、時代、宗派によって全く異なる。

 

 人間は、自分たちに適合する、「うまく動く」、「神」の概念を作り続けてきた。

 一神教が、時代の情勢や、思想を導入しながら、神の認識を変化させていく過程が興味深い。神を求める人間の脳の働きは、一神教だけでなく仏教、ヒンドゥー教ギリシア哲学にも同様に見出されるものである。

 

 ◆メモ

 特にユダヤ教については、基礎知識がないために細かい教義を理解することができなかった。細部を知るためには、別に本を読んでいく必要がある。

 古代人がアブラハムの宗教を生み出し、以後、キリスト教イスラム教が普及したのは、人びとが公正、公平、慈愛のある社会を求めたからである。

 しかし、歴史において、しばしば宗教はゆがめられ、不正、不寛容と暴力の源となった。

 現代になり、特定の地域では、無神論無宗教が一般的となった。一方で、人間は心の空虚や荒廃、人生の無意味さに耐えられない。

 こうした精神の空白を埋めるために、排他的、攻撃的な根本主義が流行しつつある。

 

  ***

 1

 人間は、自分たちを囲む理解不能な世界を受け入れるために、創造神をつくった。農作物を司る大母神は、世界各地でみられる(アフロディテ、イシス、イシュタル、イナンナ)。神秘的な力はマナ、ヌミナ、ジンなどと呼ばれ、これが宗教の基礎となった。

 

 ――今日、宗教が無意味だと思われる理由の1つは、われわれの多くがもはや何か見えないものに取り囲まれて生きているという感覚をもっていないからである。

 

 神々の生活は、人間の模範となった。人間と地上は、神の世界のレプリカに過ぎなかった。

 メソポタミア神話は、一神教にも影響を与えている。

・聖なる都市(マルドゥクの君臨するバビロン)の存在

・人間は神からつくられ、かつては神性を持っていた

 

 旧約聖書では統一されているが、モーセの神ヤハウェと、アブラハムの神ヤハウェと、イサクの神、ヤコブの神が(当時は)別々の神であった可能性がある。

 ヤハウェは嫉妬深く冷酷な神だが、キリスト教徒はこの神を慈悲と大愛の神に変貌させた。

 古代において神は頻繁に顕現し、日常や夢に姿を現した。しかし後世のユダヤ教徒はそれをよしとせず、身近な顕現を採用しなかった。

 

 神は、シナイ山モーセと契約したとされる。しかし、契約概念は後世つくられたものであり、モーセの時代には多神教が一般的だった。ヤハウェはかつて戦争神の1つにすぎなかった。

 契約後も、バアル神をはじめとした異教信仰が続いたが、ヤハウェの預言者エリヤは彼らを非難し異教の預言者を皆殺しにした。

 

 ――これらの初期の神話的出来事は、ヤハウェ主義は最初から、ほかの信仰や宗教を暴力的に抑圧し否定することを要求するものだということを示している。

 

 ヤハウェの時代には、中国(儒教道教)、インド(ヒンドゥー教、仏教)、ギリシアにおいても宗教・哲学が発達した。

 

 ブッダの思想とニルヴァーナプラトンアリストテレスについて。

 

 ――ブッダは、言葉というものが観念や理性のかなたにある現実を取り扱うようには出来ていないということを示そうとしていたのである。

 

 ――……機軸の時代の新しいイデオロギーのなかには、人間の生は本質的で超越的な要素を含むという一般的な含意があった。

 

 2

 中東の様々な神から形作られたヤハウェが、やがてイスラエルの神として独自性を持つ。さらにユダヤ人たちが他の部族から隔絶していく。

 

ヤハウェは自分以外の神が存在することを認めなかった。

・預言者たちは、ヤハウェにおいて憐みの義務を見出した。神は弱者や被抑圧者のためにあり、また、イスラエルの民は、契約の責任をもって社会的正義を達成しなければならなかった。

ヤハウェは男性神であり、女性の地位は後退した。女性は劣等とされた。

ユダヤ教徒のような選民思想は、政治的不安定の時代、存亡の危機の時代に盛んになる。こうした時代には、非人格的な神ではなく、ヤハウェのような人格神が利用される。

・創世物語からは、異教の神が排除された。

・エゼキエル、ヨブなどの物語を通じて、神の観念が形成された。ユダヤ教は、知的思弁でなく、神からの直接的な啓示を重視した。

・紀元前3世紀には、ギリシア哲学の影響がユダヤ教にも及んだが、ユダヤ教は哲学と相いれない部分を持っていた。

 

 ――ユダヤ教徒たちはかれら自身の書物を出版し始め、知恵はギリシア人の賢さにではなくヤハウェへの畏れに由来するのだと論じた(知恵文学)。

 

フィロンは、ユダヤ教ギリシア哲学を融合させたが、かれは例外である。後に、ギリシア哲学はキリスト教にも影響した。

・紀元後1世紀には、ローマ帝国の四分の一はユダヤ教徒だった。古い宗教として尊敬されていたが、やがてローマ人から弾圧されるようになった。

エッセネ派クムラン教団……修道院スタイルの共同体において、ミツヴォット(戒律)を実践する宗派。

ファリサイ派……より大衆的で、家庭内であっても神への信仰を実践できるとする宗派。

 

 ――かれらは隣人への愛と慈悲の行為によって自らの罪を贖うことができるようになったのであり、慈愛こそが律法(トーラー)のなかで最も重要なミツヴァ(戒め)になったのだ。

 

 長老ラビ・ヒレルの言葉。

 ――自分にしてほしくないことは他の者にもするな。それが律法の全体だ。行って、それを学びなさい。

 

 ファリサイ派の共同体はタンナイームという学者を生み出した。かれらは『ミシュナー』……モーセの律法を時代に合わせて口承したものを編纂した。この『ミシュナー』への注釈が集積され、4、5世紀に『タルムード』となった。

 

 ――ヤハウェは常に、人間を上と外から導く超越的な神であった。ラビたちはヤハウェを人間のなかに、そして人生のもっとも詳細なことのなかに臨在するものにした。

 

ユダヤ教の神は、人間には理解不可能のものである。神の名前はYHWHと書かれるが、決して発音されない。

ユダヤ教では、神は内在する。慈愛と慈悲によって奉仕することは神を真似ることである。侮蔑、殺人は律法違反であり、自由である権利は重要である。仲間の人間に対する攻撃は、神に対する攻撃と同等である。

[つづく]

 

神の歴史―ユダヤ・キリスト・イスラーム教全史 (ポテンティア叢書)

神の歴史―ユダヤ・キリスト・イスラーム教全史 (ポテンティア叢書)