うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ジョージ・オーウェル 文学と政治』照屋佳男

 序章

 「常識を武器に政治に関する真実を発見し直した稀有な作家」オーウェルはいまだ未知のものである。

 彼は自分の自伝に「私は金もなかった、私は弱かった、醜かった、人気がなかった、慢性のせきに悩まされていた、臆病だった、悪臭がしていた……私は魅力のない少年だった」とあるが、別のエッセイでは「内側から眺めれば、どのような人生も挫折の連続に他ならない」と述べている。

 ――屈辱や挫折の連続でないような少年時代は、よほど鈍感な人種は別として、あり得ないからである。

 オーウェルは「自分にとって成功は不可能という確信」をもちながらも生きのびようとする本能、腐敗され得ぬ自己を持ちつづけた。

 「敗北感を受け容れた上で、これを出来るだけうまく利用する事だって出来る」、「腕力の強い者に支配された世界で弱い者が直面する道徳的ディレンマ、即ち規則を破るか(卑怯に振舞うか)、それとも滅びるか」。

 彼は挫折者の精神をもっていた。

 著者曰く生きのびようと奮闘する徳は中産階級の徳であるとのこと。当初、彼は知的誠実につとめる社会主義者だった。彼は計画経済、集産主義が経済の安定をもたらすだろうと信じていたがここには誤りがあった。

 「真の選択は……経済的貧困と結合した隷従と、経済的豊かさと結合した自由の間にあるという事に(オーウェルは)気づかなかった」。

 しかしその後彼は社会主義強制収容所や秘密警察の同義語になった事実を認める。

 すると「オーウェルに残されていたディレンマからの脱出法はペシミズムしかなかった」、「人間社会を完璧にするのは不可能と信じる」。資本主義体制のなかで徐々に改善をつづけるしかないと彼は悟った。

 

 一章 イギリス中産階級の衰退

 オーウェルキプリングに大きな影響を受けた。彼は帝国主義を二段階に分ける。WW1以前の帝国主義は「自己正当化を知らず、卑俗な活力に溢れていたが故に、真の悪を免れていた」と彼はキプリング論のなかで言っている。曰く、この帝国主義も大戦後に勃興する各イズムよりはましだった。

 ――政治においては、二つの悪のうちからよりひどくない悪を選ぶ事きり出来ないのであって、悪魔のように、あるいは気違いのように振舞う事によってしか脱出できない状況もある。

 統治する側にまわったが故にキプリングは、中産階級は決断力と責任感を持つことができた。与党になることは作家には稀なことだ。

 「卑俗な、或いは野卑な活力や責任感を悪として斥けて、善の側に立っていると思い込んでいる知識人は、たとえば「睡眠中の自分を警護してくれる制服〔軍人や警官〕」に道徳的優越感を抱くという形で自己正当化を図るというのである」。

 統治者、管理者がすべて悪であるという考えをオーウェルは批判した。

 ビルマの警官となってオーウェルは統治の必要性を悟った。『ビルマの日々』、主人公は理論の上では帝国主義を悪と考えながらも、目下嫌がらせをするビルマ人にたいして心では嫌悪を感じている。決断や責任感を放棄せざるを得ない状況においこまれることが不自由であることだ。白人は東洋に君臨することで自らの自由を亡ぼしてしまった。

 ブルジョワの衰退と左翼知識人の台頭について……左翼知識人は帝国衰退の現象だったが、同時に帝国衰退を促進した。左翼知識人およびブリンプ(白人優越意識だけで生きる植民地人等)は活力を失った人間だが、活力を失うということは適応できないことを意味する。

 ビルマの原住民、英国の下層階級に彼は活力と美徳を見出した。

 

 二章 生の悲劇的意義

 第一次大戦で死んだT・E・ヒュームに触れて「ある程度まで正しい」とペシミズムを評価する。「たとえば彼は社会主義ユートピア思想から絶縁させる事の必要を説いて言っている」。

 ――我々は本来神にのみ属する完璧を人間の領域に持ち込み、かくして人間的なものと神的なものを峻別せずに、両者を混同するような真似をする。

 地上にはそもそも道はない、と魯迅は言ったが、人間の世界には完璧に到る正しい道などはない。「放射状に延びている道をことごとく塞ぐ事、即ちこのようにして生の悲劇的意義を悟る事、まさしくそうする事によってはじめて、他のすべての生き方を浅薄と呼ぶのが至当となるのである」。これが彼の言うペシミズムである。

 保守的な照屋曰く「宗教の代用品づらをしようが、何をしようが、進歩思想が人間についての真実から目を逸らしたところに生ずる浅薄な思想である」ことは疑いようがない。

 生をあるがままにとらえるとは、「ひどく限界を付せられたものとして」とらえることである。金銭への過大評価と金銭への敵意は表裏一体である。「一切を受け容れる、しかも批判などさしはさまずに受け容れるのを本質とするペシミズム」しか小説をつくることはできなくなった、とオーウェルは考えた。

 オーウェルがミラーの『北回帰線』を評価したのは、この本が当時勃興しつつあったファシズムスターリンの国に目をそむけることなく日常を書いたからだ。彼の書いた世界は馴染み深い世界、アメリカだった。対岸の火事を眺める、不思議のまったくない世界がアメリカだった。ホイットマンが受け容れたようにミラーは彼の時代を受け容れた。

 恐怖に耐えるとは日本画のように独自の世界をつくることだ。生の悲劇的意義をしっかりともつこととは、「この世界は条件づけられている、即ち、限界を付せられている」という意識を保つことである。

 道徳は進歩しないから道徳である。まっとうな感覚に基づかない空想によって政治をおこなうとソ連ができる。したたかなペシミズムをもつこと。

 

 三章 金銭への適応

 絶対主義者の特徴とは、抽象的なものに心をうばわれ具体的なものに反発するというものだ。

 金銭を過大評価し徹底的な否定に至る、「我々の文明は死滅しつつある、死滅しつつあるに相違ない。が、そいつは畳の上で死にはしない。やがて飛行機が襲来するのだ。ブーン――ヒュー――バーン 西欧世界は、強力な爆発音とともにまるごと消え失せるのだ」。終末願望はベンの本にもあるようにこのときのヨーロッパから日本までいつでも存在する。

 「貧困は思想を殺す」、「文無しになったからといって、それだけで金から逃れたことにはならない」。あらゆる支配に反対すれば敗残のみが正しいことになってしまう。安直な理論、絶対的思考、「諸々の条件から、事物の絆や歴史から解放された」思考をオーウェルは信じなかった。

 諸悪の根源、などというものはない。

 生の条件、つまり限界との適切な関係を打ち立てるところに中産階級美徳がある。オーウェル曰く「文明の歴史は武器の歴史である」。金銭と適切な距離をとること。

 

 四章 狭い世界、広い過去

 スペイン内戦は嘘が跳躍跋扈するたたかいだった。コミュニスト系とトロツキスト系が内紛をはじめ、バルセロナで市街戦がおこった。オーウェルは銃後の嘘と密告、噂にまみれた雰囲気に比べ前線の清涼さを強調する。

 「堅固な、手ごたえあるものに囲まれ、眼前の事物の切実な動きに目を据えて生きる事が出来た限り、オーウェルは充足を、そして自由を感得出来たのである」。『空気を求めて』では、私的世界(狭い世界)を失った反ファシストの姿が描かれる。彼は自分の世界を失い、公的世界のなかで生きている。

 ――この男はどうやらヒトラー反対の本を書く事で生計を立てている。けれども、ヒトラーが登場する以前は、彼は何をしていたか。ヒトラーが消え去った後は何をするつもりであるか。

 「多分この男の夢でさえもスローガンに充たされている事だろう」。

 ――「たとえ時代遅れと看破されようとも」己の生きた時代の思い出をかけがえのないものとして受け取り、「己の世界観に固執すべきである。というのも、それは己れよりも若い世代の決して持つ事のなかった経験に発する世界観だからである。それを棄て去るのは、己れの知性の根を殺す事に他ならない」。

 ハーバート・リードという美学者、文芸批評家はこう言った。

 

 五章 文学と政治のはざまで

 彼は一九四一年から二年半ほど、BBC放送プロデューサーとしてインド向けの国策放送にかかわった。ビルマ警官として五年間勤務した彼にとって、インド国民の心をイギリスにつなぎとめるための宣伝は格好の仕事だった。

 なぜ書くかというエッセイのなかでオーウェルはこう書いている、「果たすべき務めは、身に沁みこんだ好悪の感情を、我々の時代が我々すべてに押しつけてくる本質的に公的な、非個人的な営みと折り合わせる事である」。

 よい散文を書くことが技法である。平明で劇的効果のある文章を書くことを、彼はラジオ放送のための脚本制作を通して学んだ。政治とは「よりひどくない悪lesser evil」を選択する仕事である。

 ――運動としての平和主義は、外国から侵略される恐れや征服される可能性のない国にしか殆ど存在しないというのは事実です。それ故、平和運動は常に海洋国家に見出されるのです……平和主義は統治の問題に直面しようとはしないし、平和主義者はつねに、統治する側の身になってみる事をしない人間として、物事を考えます。それ故、私は彼等を無責任と呼ぶのです。

 


 六章 自由と枠組

 社会主義は秩序にこりかたまった国をつくるがこれは本当の秩序、つまり法の秩序とはまったく関係のないものである。

 「過去の専制君主制は全体主義的ではなかった。……全体主義の新しい点は、その教義は何人からも批判されえない性質のものであるというに止まらず、不定でもある、というところに存する。その教義は、これを受け容れなければ死刑に処せられるていのものだが、一方それは一分間の予告期間をもって改変されがちのものなのである」、『一九八四』より、「日記をつけるということは違法ではない(違法なものは一つもない。なぜならもはやいかなる法も存しなかったから)。けれども日記をつけているところを見つけられると死刑」となる。

 『一九八四』の圧制諸国家では国民にいかに富を分配せぬかに労が割かれている。余計な富と余暇は国民に判断力や思考をあたえてしまうからだ。余剰資産をうまく捨てるために国境で「実態不明の武力衝突」がおこなわれる。かつて戦争は「人間が物理的な現実と接触を保つための主要な手段の一つであった」。僭主が2+2=5と定めても戦場でこんなことは通らない。

 しかし戦争が真剣勝負をやめるとこれも通るようになる。これによって国民をいつまでも超現実の世界にすまわせることが可能になる。

 オウシアニアではニュースピークという言語が使われている。この言語には国家にとって危険な思想をあらわす言葉がすべて排除されているから、危険思想自体が存在しないことになっている。語彙は改訂のたびに削られ、同時に「意識の幅も狭められる」。

 正字正仮名論者の照屋はこのニュースピークを戦後の綴り改革にひきあわせる。「一国の言葉と政治的思考との間には、切っても切れない関係がある」とオーウェルは書いた。

 危険人物を射殺したりシベリア送りにするのは「分子の除去」にすぎない。

 ――考える事は偉大だとする点で、知識人達はパスカルと異なるところはないが、考える事によって己の偉大さしか意識しない点では、彼ら知識人はパスカルと決定的に異なると言えよう。

 パスカルが思考を高く評価したのはそれが己の弱さやはかなさを知らしめる行動だからだった。偉大な思考がみじめさを掩蔽してくれる、進歩思想に熱をあげる知識人はそう考えた。

 宗教の機能のひとつは人間の不完全さを教えることにある。

 グレアム・ハフ曰く「文学は社会と歴史の産物であり、社会や歴史の外にある『権威』ではない」。

 

ジョージ・オーウェル―文学と政治

ジョージ・オーウェル―文学と政治