うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『兵器と文明』メアリー・カルドー

 専門的な事実の列挙が多いので、おおまかに読む。

 序章、まず刊行時の東西軍拡競争についての解説。改良をつづけるバロック的な軍事技術は、「設備投資と生産性の伸びの低下に寄与し、米国経済が衰退の一途をたどるのに手を貸してきたのである」。このときはちょうどエレクトロニクスの分野を日本に奪われていた。

 第一章ではバロック的軍事技術の特徴、第二章はその雛形、第三章は米国の事例、第四章はソ連、第五章は第三世界への拡散、第六章はこれらバロック的軍備の未来を論じる。

 この本の主題は「我々はどのように軍備を行っているのか」である。

 軍備が国際関係の悪化に影響を与えている。国際間の平和と人間の発展は、カルドー曰く、軍縮を通じてのみ達成されるだろう。

 

 第Ⅰ章 兵器システム

 軍隊と大企業は結びつきを強めつつあるが、殺せと命令するより働けと命令するほうが抵抗が少ない。軍隊は兵器システム(兵器のプラットフォームと兵器)を中心に配備される。空母を中心に艦隊が編成され、戦車を中心に陸軍が編成される。また、軍隊において実際に戦闘を担う兵士の割合は劇的に低下している。ホワイト・カラーの中級士官の増加により、軍のヒエラルキーはピラミッドからダイヤモンド型になりつつある。

 ロッキードクライスラー、GM、ヴィッカースなどの主契約企業が付属の砲弾や設備を管轄し生産する。これらの傘下には厖大な下請け企業が存在する。この主契約企業の地域的影響は大きく、たとえば駆逐艦のバース・アイアンワークス社はメーン州最大の雇用主である。

 軍と企業が似通ってくると、競争も激化するので、この結果が今の技術革新である。バロック的技術変化のために、コストのかかる兵器システムは統合され、三軍の戦略も密接に結びつく。軍産双方のピラミッドの先端がせばまり、下請けはさらに専門分化する。

 末梢的な技術改良がすすみ、兵器の価格は上昇をつづける。コストと性能が一致しない。実際の戦闘では、戦闘機は速度より数が有利になる。どんな戦闘機でも一度ミサイルの照準に入ったら逃げることはできず、またパイロットも性能を生かしきれないからだ。

 ――美術、建築、または技術の分野であれ、バロック風といわれるものに見られる、ある種の華麗さ、社会的畏怖をうえつけるある種の能力を保っている――その壮麗さこそ、堕落の前兆であるかもしれない。

 

 第Ⅱ章 ヴィッカース社

 兵器システムのはじまりは英国の戦艦である。二〇世紀初頭の巨大メーカーはアームストロング社とヴィッカース社、ついでドイツのクルップ社だった。十九世紀なかば、ヴィッカース社は最大鉄鋼メーカーにすぎず、軍事市場はまだ英米共に小さいものだった。

 大英帝国は制海戦力によって他国を威圧し、頂点にたっていたが、これはちょうど冷戦時代の核の役割に類似する。だが、大掛かりな造船所や輸送路は発展を妨げてしまった。ヴィッカース社を象徴したかつてのエルズウィック工場は、いまでは第三世界むけの旧式戦車を多少生産するだけであり、かつての兵器町はさびれてしまった。

 ここではいまだに十九世紀の大艦建造の方法にのっとってつくっていて、施設の改築も不可能だった。

 

 第Ⅲ章 アメリカの時代

 第二次世界大戦を制したのは戦車と航空機であった。フォードの生み出した内燃機関ライン工程が技術革命をおこしたのだった。大恐慌は戦争と軍需産業によって持ち直した。だが、作業をライン化するということは、製品の改良をむずかしくする。機械をいちからつくりなおさなければならないからだ。戦後、電器や薬品メーカーは民需品生産へと転化できたが、航空機やレーダー技術など、戦争のために特化した企業は縮小を余儀なくされた。

 変化がおこるのはトルーマン・ドクトリンからである。フォロー・オン(後続開発)システムとよばれるものが制度化された。これはある戦闘機を開発すると、ただちにその改良型の開発に入るというシステムである。次々と新型が生まれるので、実際の耐用年数分も配備されないことが多くなり、やがてはこの循環のサイクルにあわせて耐用年数も設計されるようになった。技術改良は仮想敵国を想定しているので、実用的かどうかがわからず、またコストばかりがふくれあがることになった。

 ――一九五〇年代を通じて軍事予算の圧倒的部分を占めていたのは空軍と海軍の航空機であり、航空機産業が軍事生産の圧倒的部分を担っていた。

 エレクトロニクス企業の開発する誘導ミサイルも、航空機の主契約企業によって管理された。フォン・ブラウンと陸軍兵器廠の開発するジュピター・ミサイルは、空軍の大規模産軍複合体の開発するソア・ミサイルに敗れた。産業基盤の広い空軍が勝利したのだった。

 ベトナム戦争と同時におこった航空宇宙ブームは、七〇年代初頭に不況におちいった。七三年の石油危機、輸出赤字、日本とヨーロッパの自立により、アメリカの相対的地位は低下した。さまざまな政策もむなしくニクソン政権下で軍事費は膨張をつづけた。

 英国のエンジニアリング産業と造船産業、米国の自動車産業と航空機産業のように、両者とも「軍事支出の産業文化の中心軸になった」。プラット・アンド・ウィットニー社は航空機の大量生産体制を築いた。

 エレクトロニクス産業ははじめ、アメリカですでに確立した自動車・航空機産業のために阻害された。エレクトロニクス部品はアメリカが、消費者向け商品は日本が、工業製品むけのものがドイツと日本によって担われている。

 ――米国の軍事力は米国の産業の力とダイナミズムを基礎としてきた。

 大戦時の軍需によってごまかされたはしたが、世界恐慌は自動車大量生産時代のおわりだった。戦後の軍事支出は経済エネルギーを吸収してしまった。

 

 第ⅳ章 ソ連保守主義

 一九二〇年代後半から、スターリンによる一大工業化計画がはじまった。ロシアは後進性にコンプレックスを抱きつづけてきた。ソ連は物量を重視した。戦後は、米国への反作用によって防空戦力と核兵器を量産した。スターリンは砲に偏愛をもっていた。フルシチョフ時代になるとICBMおよびSLBMへの投資が増大した。
  アメリカがバロック的な増強をおこなったのにたいしソ連は保守的な軍備をおこなった。彼らは量と継続性と簡素さを重視した。

 

 (略)

 

兵器と文明―そのバロック的現在の退廃

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