うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『吉田茂の自問』小倉和夫

 一九五一年、吉田茂の指令によって外務省は「日本外交の過誤」と題する報告書を作成した。これは満州事変から無条件降伏にいたるまでの、おもに外交面の分析と批判をその目的とするものである。

 この報告書に沿って著者が注釈を加えたのが本書である。

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 現在もっともタブー視されているのは、理想主義的な平和外交である。戦後を経て、わが国の外交方針の主流はリアリズム、国益中心主義となった。しかし、ここには問題がある。満州事変以降の外交も、「現実主義」の名の下におこなわれたのだった。

 著者がもっとも強く主張するのは、日本外交における理念の欠如である。理念なしにいたずらにリアリズムを用いるだけでは、同じ道を歩むことになる。

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 満州事変関東軍の策謀によっておこされたが、外務省はこの首謀者たちを罰することなく、不拡大方針を定めるだけにとどまった。責任者を処罰しなかったことが、軍部をさらに暴走させた原因である。

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 国際連盟脱退はどう評価すべきだろうか。

 当時から国際連盟は欧州列強の都合のよい機関として成り立っていた。日本に対する扱いに不公平があったのは確かである。しかし、これに反発して脱退したことが、孤立につながったのか、それとも、加盟したまま対中国積極政策をとりつづけるよりはましだったのか、判断は難しい。

 国際連盟に際して語られる重要なことが、前述の理念についてである。日本は現在、国連常任理事国に加盟しようとしているが、はたして国際社会にいかなる影響を行使しようとしているのだろうか。

 著者が再三述べるのは、日本外交における理念の欠如、ヴィジョンの欠如である。

 米国は人種主義のもとで日本を追い詰めつつあった。

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 アメリカに意図的に追い詰められ、また軍部に押し切られてはじまった太平洋戦争は、その時点から行動理念を欠いていた。著者によれば、外交と戦争は本来一体でなければならないはずだが、太平洋戦争には外交方針や行動の指針が一切見られなかった。挙句、ソ連のような帝国主義的、また条約遵守するかどうか疑わしい国の仲介をあてにして、降伏時期を見誤る事態になってしまった。

 日本は帝国主義に基づき政策を立てたが、その見通しや敵の分析は甘かったという。

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 最後に、著者は過誤を大きく三つに分けている。まず、中国はじめとするアジアのナショナリズムを軽視したこと。ファシズム諸国という敗軍に加勢してしまったこと。米国の敵性にかんする認識が甘かったこと。

 負け戦に突入させたものは、アングロ・サクソンの人種主義と、それに反発した脱亜入欧主義だった。

 本書においては、人種問題が自分の考えていたよりも大きなウェイトを占めている。アパルトヘイトのように、差別的、非理性的な考えが実際の政策にも反映されることは認識しておかなければならないだろう。

 

吉田茂の自問 〔敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」〕

吉田茂の自問 〔敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」〕