うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『城郭の見方・調べ方ハンドブック』西ヶ谷恭弘

 城跡研究者のためのガイドであるため、はじめに調査のための持ち物が示される。地図、カメラ、セクションペーパー、方位磁石、三角スケール、メジャー、年表、手鏡、竹べら、手箒、名刺、論文等の抜粋、その他服装。
 城の基本的な構造がわかる。


 1 建築(作事)
 天守……層、階、重という規模の表し方がある。
 破風……屋根の妻部分に2枚の板を山形に組んでできる三角形のこと。唐破風、千鳥破風、入母屋破風等がある。装飾として用いられるほか、雪下ろし等の維持管理、空間利用に使われた。
 屋根……瓦葺、板葺、石葺、檜皮葺等。
 櫓……櫓は守りだけでなく攻めにも使われた。移動式の櫓は山車櫓と呼ばれた。また屋根付き櫓は火縄銃の使用に伴って考案されたという。現在残っている多くは石塁の四隅に置かれた隅櫓である。また花鳥風月を楽しむ月見櫓や、舟を監視する潮見櫓などがある。多聞櫓は本丸をぐるりと囲む櫓と廊下の一体型で、有事には戦闘に用いられた。
 蔵……(略)
 主殿と書院……書院造はその後の日本建築の基礎となった。
 塀、壁、窓……塀は石垣や土居などの塁上に築かれる。塀と並んで柵も使われた。乱杭(らんぐい)、逆茂木(さかもぎ)、虎落(もがり)、矢来など、いずれも侵入を防止する障害物である。
 窓は茶室とともに始まった。それまでは技術上の問題から蔀戸が用いられていた。
 狭間(さま)……銃眼のことをいう。
 門……城の出入り口は虎口(こぐち)と呼ばれそこにつくられた建築物を門という。現存しているのは櫓門と高麗門である。
 門の名称……大手門(正面の門)、搦手門(城の裏口、不明門、不開門ともいった)、太鼓門(登城合図や時を知らせる)、鉄門(くろがねもん、防火)、筋鉄門、銅門。
 橋……空堀や水堀で区画された曲輪間の連絡と、城の出入りのための設備である。土橋は堅牢なため戦国期に用いられた。木橋は腐蝕しやすい。

 

 2 土木(普請)
 城の用途は戦闘から生活、立て籠もりまでさまざまである。舘は役人が農耕地の掌握管理のために利用した。山城は山岳寺院から始まった。後醍醐天皇元弘の乱の際笠置山の寺に立てこもった。密教末寺制度という情報ネットワークをもっていたため、部隊は各地の山寺にこもり抗戦した。
 ほか舘(生活のための城)、平山城(ひらさんじょう)、平城等がある。
 目的による分類……繋の城(中継点)、伝の城(狼煙等伝達のため)、境目の城(敵地近くの城)、付城(城攻めのための城)。
 縄張りとは城の平面構成をさすが、本来は建築の際の位置取りのため縄を張る行為をいった。
 人工による堀を堀、自然の河川や沼を利用し水を入れたものを濠、水のない天然のラインを壕という。水のない堀と壕は空堀という。堀にも細かい分類がある。
 土塁、土居……城郭の区画ライン上、斜面や堀の内側に土盛をして敵を見張り優位に防衛するための盛り土を土塁という。犬走りというくぼみから下方にむけて弓矢、長柄槌等で攻撃する。土塁と城を移動するための坂道、階段を武者走という。
 石垣……石垣は古来からその技術を発展させてきた。石に石仏や石塔を用いるのは敵をひるませるためで、松永久秀の多聞山城に見られる。
 石材は石切丁場で切り出された。小豆島は大坂城に使われた石の産地である。石切場で運搬を断念した石を残念石という。


 3 歴史
 城の構造を持つが城と呼ばれないものに、御茶屋御殿、陣屋(代官地方支配拠点)、奉行所、関所、船番所等がある。江戸期、大名には格があり、格の低い大名は城を持てなかったのでかわりに陣屋をつくった。
 幕末において西洋の技術を援用し建築されたものが稜堡や砲台場である。

 

城郭の見方・調べ方ハンドブック

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