うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『冤罪はこうして作られる』小田中聰樹 ――戦後の冤罪の歴史

 ◆所見

 冤罪の生まれる原因は司法制度そのものに由来する。それでも、戦前から戦後にかけて、拷問の軟化や再審制度の運用など、中世的な状態から改善されてきてはいる。

 その担い手は、人権や民主主義といった「きれいごと」を実現しようとする弁護士や有志だった。自分たちの国を改善しようという意欲がなければ現状は変わらない。

 

  ***

 序章

 布川事件、松山事件を例に、冤罪が生まれるプロセスをたどる。

 冤罪の最大の原因は、わが国の糾問的な刑事手続きにある。捜査当局が見込み誤りで強引な取り調べを行い、検察や裁判所もこれに追随することで冤罪が生まれる。

 

 1 再審

 冤罪は決して例外的な事象ではなく、日本の刑事手続きから生じる構造的な問題である。

 再審請求はこれまで狭き門でありなかなか認められてこなかったが、本書の書かれた90年代はじめの時点で、約20件の逆転無罪が発生している。これは、裁判における無罪率(0.5%)を考えると大きな数字である。

 弁護側からの再審請求が困難である一方、検察側からの再審請求はほぼ確実に受理される。

 重大事件にまでいたらない場合には、潜在的な冤罪の数はさらに増えると考えられる。

 

 2 嘘の供述

 松山事件において、容疑者が自白をさせられた経緯について。

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・本人のアリバイを証明する証言があったが、警察はこれを容疑者に隠し、また裁判でも公開しなかった。

・警察のスパイ(なじみの暴力団員)を留置場に投入し、「うその自白をして裁判で否定すればいい」とそそのかした。

・長時間にわたる尋問をおこない、集団で小突くなど暴力を行使した。

 

 布川事件

ja.wikipedia.org

・外界から隔離され、「親も自白しろといっている」などと虚偽をもとに誘導した。

ポリグラフ検査は白黒つかずという結果だったがこれを隠し「うそと判定された」と本人に伝えた。

 

 3 代用監獄

 冤罪事件には一定のパタンがある。

 

その第1は、捜査が難航して迷宮入りしかねない状況のなかで捜査当局が焦燥感を抱き、窮余の一策として、事件当日のアリバイがはっきりしない素行不良者を取り調べて徹底的に洗ってみるという「最後の賭け」に出ていることである。

 

 第2は、あやしいと思った人物を別件逮捕して、尋問により自白をさせていることである。

 別件逮捕は、令状なき逮捕に等しく、憲法が定める令状主義に反する。また、憲法は「取り調べのための」逮捕を認めていない。

 

 なぜ警察は無実の犯人を尋問によって自白させるのか。

 

・事件が迷宮入りしそうな場合、威信とメンツを保持するという使命感にかられる。

・捜査官の勘や経験に対する過信が判断力を麻痺させる。

・捜査官は、被逮捕者を精神的に追い込みコントロールする技術を持っている。

・被逮捕者は法律知識に乏しく、捜査官の術中にはまりやすい。

 

 戦後間もない頃から1950年代にかけては、戦前の特高警察の名残のためか、露骨な拷問が用いられていた。しかし、1980年代末になっても、罵倒、足を蹴る、机を押し付ける、蹴り倒すその他の暴力は引き続き使用されているという。

 代用監獄制度とは、警察署に付属する留置場を取り調べ施設として使うことである。この制度が、人権侵害や糾問的捜査の温床となっている。

 

 4 崩壊した誤判

 松山事件では、自白で得られた動機が薄弱であり、また血液鑑定も方法に疑問のあるものだった。また、警察・検察の説明によれば、犯人の家族は血まみれの布団を洗濯せずに一か月半使い続けたことになる等、起訴内容に多くの矛盾があった。

 一審で死刑判決が出された後、第二審で弁護側は自白の無効(違法な手続きで作られた自白は証拠にならない)を主張したが、裁判長は検察に同調しこれを却下した。

 その後、1975年に白鳥事件で初めて再審請求が受理されたことを受けて、松山事件でも血痕に関する新たな証拠をもって再審を行った結果、無罪判決となった。

 

 5 誤判の隠蔽

 布川事件では、矛盾の多い自白を補強するために、信頼性の低い目撃証言が多数採用されているが、裁判所はこうした問題を無視した。

 

 6 裁判官はなぜ誤るのか

 誤判の特徴は以下のとおり。

 

・捜査過程に関する無関心……取調べが公正に行われたかどうかに関心がない。

・物的証拠への無関心……物証の偽造は度々行われている。

 

 1991年全国裁判官懇話会の中の報告は次のように述べる。

 

……捜査官の供述を信用しがちな裁判官の態度について、「そこには被告人は法廷では嘘をいうものだという偏見、警察・検察の職務執行に不当違法があったと宣言することを回避したい同僚意識、自白調書によって迅速円滑に処理したいという安易な片付け主義がなかったとはいえない」と反省している。

 

 裁判官が検察側の不当行為に見て見ぬ振りをする根本原因はおそらく、「人権侵害的な手法でなければ真実は解明できない」という思考である。

 

 また裁判官は裁判所事務総局の統制下にあり、独立した存在として判断するよりも、行政側につきがちである。

 

 7 冤罪を防ぐには

 捜査、起訴、公判の各段階における改善策を提案する。

 裁判所、検察、警察といった各機関の民主化もまた必要である。

 

そうすれば、無罪が明らかであるにもかかわらず再審開始につよく反対したり、再審公判でも無実と知りつつ死刑を求刑するなどの、滑稽にさえみえる強引きわまる検察の活動は、かなり抑制されるかもしれない。

 

現在、彼ら(裁判官、検察官、警察官)は表現の自由や労働基本権などをかなり制限されている。しかし、自らの人権を保障されていない者には、人権を侵害された者の憤りや痛みを十分に理解することはできない。そればかりか、市民の人権の加害者にすらなってしまう。

 

 その他、再審制度の改善、陪審制、国賠、被疑者国選弁護人制度など。

 

冤罪を許さない社会を作り上げるのは、私たちの責任なのである。