うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『屍鬼二十五話』ソーマデーヴァ ――インドの怪奇枠物語

 ソーマデーヴァは11世紀カシミールの作家である。紀元前3世紀ころつくられたグナーディヤによる伝奇集『ブリハット・カター』を元に、枠物語『カター・サリット・サーガラ』を制作した。その中の一部がこの『屍鬼二十五話』である。

 

 『屍鬼二十五話』は、インド各地や蒙古、チベットにも伝播し、また『千一夜物語』にも影響を与えたという。

 

 原本はサンスクリット語で書かれており、表現や文学性の点でインド文学のなかでも高い評価を受けているとのことである。

 

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 ◆所感

 有徳の王子が修行僧に求めに応じて、地獄のような火葬場から屍鬼をかつぎだそうとする。この屍鬼が、複数の物語を王子に聴かせていく。

 

 ――そこでは恐ろしい厚い闇のとばりが視界を妨げ、火葬の火はすさまじく眼を焼き、ものすごい光景が繰り広げられていました。無数の人骨、骸骨や頭蓋骨がおぞましく散らばっており、醜悪な亡霊(ブータ)や屍鬼(ヴェーターラ)が喜び勇んで群がって来て墓地を取り囲んでいました。

 

 徳のある人物の話や、教訓説話が語られていくが、その教訓や教えは、わたしたちの価値観と相当隔たりがある。

 例えば身分(ヴァルナ)に基づいた信念や、女性の扱いは独特である。

 各物語の教訓のほとんどが、わたしたちの道徳や常識と一致しないものである。

 おそらく当時のインド思想や、著者(グナーディヤ、ソーマディーヴァ)の哲学を色濃く反映しているのだろう。

 物語は簡潔であり、また意外な展開が多く、また残酷な場面、性的な場面も多い。人びとは愛欲・性欲によって動かされる。

 

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 1 烙印をおされた少女

 

 ――しかるに、カルノートパラ王は、政治学に暗く、自分の臣民の間におこった事件の場合でさえ、スパイを用いてその真相を探ろうとしない。

 

 2 娘1人に婿3人

 女性に対し複数名が求婚するというパタンは頻出する。

 婆羅門鬼とは、生前悪事を働いたバラモンの亡霊をいう。

 

 3 男が悪いか女が悪いか

 男と女、どちらが悪質で陰険かどうかの論争が行われる。

 

 ――……悪いのは女性である。男の中には、時と場合によっては、ダナダッタのように悪行をなすものもいるが、女性は一般に、あらゆる場合、あらゆる時、ヴァスダッターのように悪である。

 

 4 息子を犠牲にした忠臣

 王のために自分の息子を犠牲にする話。イサクの話を連想するものである。

 

 ――まず、ヴィーダラタは、高貴な家生まれたのだから、自分の生命、息子、妻に代えても主君を守るのはかれの義務である。……しかるに、シュードラカ王は、臣下の為に身体を捨てた。一般に、王というものは臣下の生命によって自分を守るものなのに……。だからかれがもっともすぐれている。

 

 5 娘1人に婿3人

 羅刹と戦う戦士、占星術師、大工について。

 

 6 すげかえられた首

 配偶者と兄を復活させたが、首を互い違いにしてしまう話。

 ゲーテトーマス・マンはこの物語を作品化した。

 

 ――2人のうちで、夫の頭が付いている方が彼女の夫である。頭は身体のうちでも最も重要なもので、自己の認識は頭に依存するのであるから。

 

 7 海中都市

 8 デリケートな兄弟

 身体や感覚のデリケートさ(繊細さ)について、細かく些末な教訓が引き出される。そのくだらなさが面白い。

 

 9 王女と4人の求婚者

 4人の求婚者のうち、だれが適当か。

 

 ――……クシャトリヤの娘がどうしてシュードラの織工に与えられよう。また、クシャトリヤの娘がどうしてヴァイシャに与えられようか。……本来の義務を逸脱した堕落せるバラモンに何の用があろうか。

 

 同じ身分の、さらに身分にふさわしい行いをしているものが適当である。

 

 10 3人の男と約束した女

 自発的に女とその財産を解放した盗賊がもっとも偉大である。

 

 11 デリケートな王妃たち

 12 海中都市2

 

 13 バラモンを殺したのは誰か

 自由意志のないものに罪はない。また殺す意図のないものにも罪はない。義務(ダルマ)に従う者にも罪はない。

 

 14 盗賊を愛した少女

 串刺しにされた盗賊に、身分の高い女が好意を持つ。女は、献身的ではあるが、見る目がないのでは、と示唆される。

 

 15 ムーラデーヴァと性転換の秘薬

 16 ジームータヴァーハナの捨身

 いけにえの蛇を食べるガルダ鳥の話。

 

 ――あなたは蛇の血潮にまみれたこの石の処刑台が見えないのですか。それはまるで死神が戯れるソファのようにすさまじいものです。

 

 自分の身を犠牲にした青年を食べかけていることを知ったガルダ鳥は改心する。

 

 ――……ガルダ鳥はジムータヴァーハナを食べていましたが、かれが喜んでいるのを見ると、食べるのをただちにやめてしまいました。

 ――ああ、おれは錯乱して菩薩の化身を食べてしまったのか。

 ――転輪聖王陛下、わたしは傑出した人物であるあなたに満足しました。未曾有に寛大な心を持つあなたは、三界の好奇心をそそるような、梵卵の壁面に描かれるべき驚異的な行為をなさった。

 

 ガルダに食われた蛇たちは、ガルダの甘露(アムリタ)によって甦った。

 

 17 侮辱された女の復讐

 身分と定められた義務について。

 

 ――……上流の出である将軍が献身の念から主君の為にそのように行動したことは別に驚くに値しない。臣下というものは声明を賭しても主君を守るというのがその義務だからね。しかるに王というものは快楽を求め、発情し興奮した象のように放縦で、法規の鎖を断ち切ってしまうものだ。……かれらの眼は権力という強風に晦まされて、正しい道を見ることはない。……それ故、王の方がより立派であると思う。

 

 18 呪法に失敗した師弟

 呪術と、幻想の中でもういちど人生を送るという話。

 

 19 三人の父親を持った王

 

 20 生贄の少年はなぜ笑ったか

 王、父母、守護神である婆羅門鬼に、生贄にされた聖なる少年について。

 

 ――その時、突然そこにある婆羅門鬼がやってきたのです。その髪は稲妻のように黄褐色で、全身は煤のように黒く、まるで黒い雷雲が現れたかのようでした。かれは腸の環でつくった華鬘をつけ、人毛で編んだ聖紐をかけ、人間の頭の肉を食べ、頭蓋骨の器で血を飲んでいました。それは恐ろしい牙をむき出しにして、ぞっとする哄笑を発し、怒って口から火を吐きつつ、王をおどしてこう言いました。

 

 21 焦がれ死にした女

 妻の不逞に怒らず愛情を持ち続けるのは迷妄である。

 

 22 ライオンを再生した兄弟

 23 青年の屍体に乗り移った行者

 24 父が娘を、息子が母を妻にした場合
 
 25 大団円

 修行僧は、トリヴィクラマセーナ王のかついできた屍体を供養した。

 

 ――かれはまず頭蓋骨の水鉢にもった清浄な人間の血液で屍鬼に閼伽水を手向け、それから花を撒き塗香(ずこう)をして、人間の眼球を火にくべて焼香し、また人肉の供物を供えました。そして供養(プージャー)を終えたとき……。

 ――……これらの先行する二十四話と、結末にあるこの第二十五話のすべてが、この地上において有名になり、尊ばれんことを!

 

 大自在天シヴァの出現。

 

 ――わが子よ、汝は今日、僭越にもヴィディヤーダラの偉大なる転輪聖王の位を望んだ似非苦行者をよくぞ殺した。わたしはかつて蛮族(ムレーツチヤ)の姿をとって降臨した阿修羅たちを鎮圧するために、自身の一部からヴィクラマーディティヤとして汝を創り出した。……

 ――王は日ならずして、シヴァ神の剣の力により、諸大陸、地底界もろとも、敵の危険のまったくないこの大地を支配するようになりました。それからシヴァ神の指令により強大なヴィディヤーダラの主権を獲得し、それを長く享受した後、最後には目的をすべて達成して聖なるシヴァ神と合一したということです。

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 ジャンヴァラダッタ本『二十五話』のうち、ソーマデーヴァ本と異なる3話が収録されている。

 輪廻転生を繰り返し夫と再会しようとしたが騙された娼婦の話。

 

 ――……ところが彼女は遊女の家に生まれ、最悪の生活を送った。他の男と交わったため、前世を想起することはできても、自分の夫を忘れてしまったのである。

 

 羅刹軍団が王国をおびやかす物語。

 

 ――羅刹たちは姿を変え、人間たちを捕えては食べておりました。

 ――そこでその羅刹は市民たちを食べ始めました。

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 屍鬼(ヴェーターラ)は、屍体に憑く鬼神や、呪法をあらわす。古代インドの土俗信仰に存在したものが、後世にシヴァ神や仏教、タントラ教タントリズム)と結びついたという。

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屍鬼二十五話 (東洋文庫)

屍鬼二十五話 (東洋文庫)