うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『America's War for the Greater Middle East』Andrew Bacevich その4

 14 どうやって終わらせるのか

 2004年、在イラク連合軍司令官がサンチェスからジョージ・ケイシー・JrGeorge Casey Jrに交代した。かれは治安を改善し1年程度で米軍を撤退させられると宣言した。

 ケイシーの戦略にはCOIN(Counter Insurgency、対反乱)の端緒が垣間見える。

 しかし、かれが掲げた3つの前提――「イラク国民」なる統一意識が存在する、外国軍は振る舞いを正せば受け入れられる、治安が改善すれば期限までに撤退できる――はいずれも間違っていた。

 統合参謀本部……マイヤーズMyersからピーター・ペイスPeter Paceに交代するも、イラク戦争成功の認識は改めず。

 中央軍司令官アビザイドは武力解決を諦めかけていた。2005年から2006年にかけて米兵犠牲者は増大した。明確な勝利は既に失われ、出口も見えなかった。

 

 2006年2月、サマラSamarraのシーア派アル・アスカリ・モスクAl-Askariが爆破されると、内戦が激化した。

 フセイン政権転覆によるイラクの空白化は、シーア派の台頭とイランの介入を招いた。

 結果的に、アメリカが70年代から警戒していたイランの影響力を増大させることになった。

 

 この年、ラムズフェルドが更迭され、ロバート・ゲーツRobert Gatesが国防長官となった。

 

 ゲーツが発見した様々な問題点……

アメリカは、兵力不足を民間企業で補わなければならなかった。戦時中の国にもかかわらず、軍人は国民の1%にも満たなかった。

・有志各国は力不足であり、規模も開戦当初から4割以下に減少していた。

・部隊ローテーション制は各部隊の独立性を強め、指揮統制において欠陥を生んだ。在イラク軍司令官が推進した抑制戦術(極力発砲を抑え、民間人の被害を防ぐ)は評判が悪く、一部の現場指揮官は自分たちの得意分野である殺戮作戦を実行した。

 

 2007年10月に在イラク軍司令官となったペトレイアスPetraeusは、自己宣伝とメディア戦略に長けた過大評価の人物と評されている。かれは副官業務を何度も経験しまた大将の娘と結婚することで出世コースに乗った。

 ペトレイアスのCOIN(対反乱)戦略は、大量人員投入による治安維持をその根幹とする。これは、小規模精鋭のRMA(Revolution in Military Affairs)が実質失敗したことを示す。とはいえCOIN戦略も万能薬ではなく、かれが去った後、モスルの治安は瞬く間に崩壊した。

 ブッシュ政権は、イラク戦争を「ペトレイアスの戦争」にすり替えようとしていた(ベトナムにおける失敗の象徴とされたウェストモーランド将軍のように)。

 

 ペトレイアスの貢献によるとされる治安改善は、それ以前から生じつつあったスンニ派部族の自主的協力によるものである。かれらはシーア派アルカイダに抵抗するため、占領軍と手を組んだのだった。

 また、特殊部隊による暗殺作戦が同時に行われておりこちらも治安改善に寄与していた。

 2008年、ペトレイアスはオディエルノOdiernoと交代し自身は中央軍司令官となった。

 

 2008年の大統領選では、いかにイラクから抜け出すかが焦点となった。オバマは就任後1年程度での米軍完全撤退を公約し勝利した。

 世界最大の軍隊がイラクの安定化に失敗した以上、選択肢は残されていなかった。平静を装って立ち去ることである。

 

 15 箱の中の政府

 オバマが就任してからも、大中東戦争の方針は変わらなかった。

 かれはイラク撤退を約束したが、一方でアフガン増派を指示した。アフガンはタリバン政権転覆以来、テロリストの流入、麻薬産業の隆盛、政治腐敗などにより著しく状況が悪化していた。

 このときのオバマと軍首脳とのやりとりは『Obama's Wars』に詳しく書かれている。

 オバマ政権発足直後、政軍関係は再び緊張した。アフガン司令官となったマクリスタルは、政権の期待――特殊部隊出身のマクリスタルなら、増派せずに事態を収拾させてくれるだろう――に反して、大規模増派とCOIN戦略を推薦した。マクリスタルの背後には中央軍司令官ペトレイアスの意向があった。

 アフガンでもイラクと同様、COIN戦略が開始されたが、文化的ギャップに関する認識欠如から、うまくいかなかった。再び米軍は、軍事力を政治的目的に変換することに失敗した。

 この時期、マクリスタルはオバマら政権上層部を『ローリングストーン』誌上で揶揄し更迭された。

 

 マクリスタルの後を継いで、ペトレイアス自らがアフガン駐留軍司令官となったが、かれはCOINが通用しないのを悟り、自らの得意分野を捨てた。

 かれは一転して、大規模な殲滅・暗殺作戦(「ほとんど産業規模の対テロ殺人機械」)を適用した。

 

 しかしアフガン治安は改善せず、オバマは「状況は良くなっている」と心地の良い嘘をつき続けている。国民も、アフガン戦争を忘れたがっており、見て見ぬふりをしているようだ。

 

 16 エントロピー

 オバマ政権の中東政策は、前任者にもまして混乱したものとなった。

 3つの情勢変化がオバマの戦争に影響を与えた。すなわち……

 

1. 国内に厭戦ムードが漂い、新たにイラク戦争のような大規模戦争を起こすのは困難である。

2. アラブの春(The Arab Awakening)により、中東の独裁政権が倒され、また揺さぶられる事象が多発した。
3. オバマとネタニヤフはパレスチナ問題をめぐって対立し、またアメリカ政府は表立ってイスラエルを批判するようになった。

 

 オバマは大規模陸上戦力の代わりに、無人機と特殊部隊に依存するようになった。新しい戦争を著者は「排除、鎮圧、阻止」(depose, suppress, retard)と形容する。

 かれは全世界にドローンと特殊部隊を展開させ、無限の軍事介入を行った。そしてその効果はほとんどなかった。

 

 失敗の典型例はリビアとシリアである。「保護する責任」(Responsibility to Protect, RTP)が叫ばれる中、オバマヒラリー・クリントンリビアの反乱勢力を支援した。ガダフィは殺害されたものの、その後リビアは部族・宗派闘争により失敗国家となった。

 

 シリアにおいても、オバマ反政府軍に協力した。ところがここでは、反政府勢力の主力が「イスラム過激派」、つまりアルカイダ関連組織だった。

 オバマ政権は、過激派ではなく「穏健反乱勢力modest rebels」を支援していると主張したが、この言葉自体がからかいの対象となった。

 米軍が訓練した反政府勢力5千人は、数か月で4、50人になり、実際に前線にいるのは4,5人程度であると確認された。

 アサド支援に回るロシアのプーチンは、オバマの場当たり政策のすきをついて、内戦当事者間の停戦を仲介した。

 

 パキスタンソマリア、イエメンにおいて米軍は、過激派に対する暗殺や捕縛作戦を行った。パキスタンはテロとの戦争では同盟関係にあったが、米国・パキスタン両国はお互いを信用しておらず、パキスタンは陰でタリバンを味方とみなし支援していた。

 オバマの地球規模作戦は、果たして国際法上正当化されるのかという強い疑問がある。ドローン攻撃や特殊部隊投入は明らかに戦争行為だからである。

 2008年新設のアフリカ軍(AFRICOM)の任務は、アフリカ地域安定化のための軍事支援である。西・中央アフリカの各地に秘密の軍事拠点があり、各州兵が各小国の治安部隊を訓練している。過激派や独裁政権の阻止と自由民主化が目標だが、治安部隊によるクーデタや虐殺の報道は絶えない。

 

 17 イラクふたたび

 イラクとシリアにおけるイスラム国の台頭は、アメリカを再びイラクに引き戻した。

 シリアのラッカ、イラクのモスル、ティクリートが占領されると、国内からは軍事介入の声が高まった。

 オバマベトナムと同じ「逐次投入」を行った。すなわち、武器の供与、軍事顧問団の派遣、またドローンによる暗殺・爆撃・偵察、特殊部隊による暗殺である。

 「戦争ではない戦争」において、2014年には3000人の米兵がイラクに駐留していた。

 行き詰ったオバマは、イランとの核合意を取り付け、対イスラム国でイランと共闘することを決定した。しかし、イスラム国が排除された後、イラク・シリアで影響力を持つのはイランだろう。

 

 18 世代間の戦争

 アメリカ・アメリカ人の精神傾向から、大中東戦争の失敗を分析する。

 なぜ勝てないのか?

 なぜ撤退しないのか?

 大中東戦争においては、常に、政治目的に軍事政策が適合しない状況が続いた。

 

 アメリカ人の誤認識は以下の4つである。

・国家エリートは、自分たちの勝利が歴史的な必然であると考えている。

・圧倒的な軍事力が、この歴史的な流れを操作できると考えている。

・軍事力が自由をもたらすと考えている。そして、アメリカ的な自由の価値観が必ずしも普遍的でないことに思い至らない。

・いつか自分たちが解放者として受け入れられ、称えられると信じている。

 

 こうした想定が結合し、いまや自己認識欠如はアメリカの目印となってしまった。
 意義や目的を見失ったにもかかわらず、なぜかれらは撤退しようとしないのか。

 

反戦・反軍事介入を掲げる政党が存在しない。軍人への配慮とケア、賛美は共和・民主両党にとり不可欠である。

・政治指導者たちは基本的に兵隊と戦争を支持する。大統領選で中東介入それ自体に疑問を投げかける者はいない。反対すれば票と金が逃げるだろう。

・終わりなき戦争から利益を得ている個人や機構、企業がある。

アメリカ人は一般的に忘れっぽく、自分たちが中東でしてきた政策の結果を再検討していない。犠牲が一部の国民(志願兵)のみに科されてていることもその一因である。

 

America's War for the Greater Middle East: A Military History

America's War for the Greater Middle East: A Military History