エジプトにおけるイスラーム主義運動の勃興から、2001年同時多発テロ事件までをたどる本。アメリカではベストセラーになった。
FBIがアルカイダの名に注目したのは1996年頃である。当時、アメリカに敵対する主だった勢力は、もはや存在しないと思われていた。
アルカイダは単なる野蛮人や古い狂信者ではなかった。その起源はアメリカであり、また歴史も比較的新しい。
◆メモ
イスラーム過激派の台頭した原因は単一ではない。
・アラブ諸国の停滞
・宗教的な信念(イスラーム国家の樹立、教義)
社会的な不安と不満がある限り、過激な暴力活動にひきこまれる人びとがいなくなることはないと考える。共産主義や全体主義、イスラーム主義の土台は、抑圧や貧困である。かれらは、生活を通して、自己を否定され続ける。
このような不満の源泉が生活水準や金銭だけでないことに注意しなければならない。
本書が細かくたどっている通り、イスラーム過激派の始祖クトゥブや、ビンラディン、ザワヒリ、その他テロの実行犯のほとんどは、恵まれた環境、または先進国で育っている。
イスラム過激派の台頭を、アフガン・パキスタン情勢・各国情報機関の動きを中心にたどった本としては『Ghost Wars』があり、こちらも参考になる。
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登場人物
・サイード・クトゥブ……エジプト人。イスラーム主義を唱え、世俗派政権に弾圧され処刑される。
・ウサマ・ビン・ラディン……サウジアラビア人。
・アブドゥル・アッザーム……パレスチナ人神学者。ムジャヒディンの活動においてビンラディンの師となるが、内部抗争でエジプト系構成員に殺される。
・ハサン・トゥーラビー……スーダンのイスラム民族戦線の扇動者。バシル大統領のクーデタに貢献し、テロリストを保護した。
・オマル・アブドゥッラフマン……イスラム集団、WTC爆破事件に関与
・ラムジ・ユセフ……WTC爆破事件
・ハリド・シェイク・モハメド……ボジンカ計画の立案者。甥のラムジ・ユセフとともに、フィリピン航空機に爆弾をしかけ、日本人を殺害した。
用語
・ジハード団
・ムジャヒディン
・イスラム集団
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1 殉教者
エジプトの思想家サイード・クトゥブ(1906~1966)は、アメリカに留学し自らのイスラーム主義を過激化させた。かれはアメリカ文明を物欲と性欲の権化と断定したが、それは皮相な理解に過ぎなかった。
エジプトでは、オスマン帝国出身のファルークによる専制が続いていた。西洋、自由、民主主義、外国人統治者に反対し、イスラム国家の樹立を理想に掲げるムスリム同胞団が勃興した。同胞団は、暗殺・テロを任務とする秘密部隊を持っていた。
帰国したクトゥブはムスリム同胞団に加わった。
ナセルのクーデタによりエジプト人国家が誕生するが、かれは世俗国家、社会主義国家を目指し、ムスリム同胞団を弾圧した。
クトゥブはその後投獄され、最終的に処刑された。かれの著作が若い世代に影響を与え、ジハード主義者の種をまいた。
2 スポーツクラブ
アイマン・ザワヒリ(1951~)はカイロ郊外の旧家に生まれ、クトゥブと知り合いだった叔父の影響を受け、イスラーム主義に身を投じた。
かれは医者としてペシャワールに向かい、アフガン戦争の難民を助ける過程で、ムジャヒディーン(アフガン反ソ勢力)とのつながりを持った。
イスラエルに対する敗北により、アラブ世界には失望が広がっていた。それが、「神がかり」、イスラーム主義の台頭につながった。
学生たちは様々な小さいイスラーム集団をつくった。ザワヒリも秘密主義的なセクトに所属し、活動に励んだ。
当時、ムスリム同胞団の戦いは「近くの敵」、つまり、非イスラーム的なエジプト政府に向けられていた。
サダトが暗殺された直後、政府はザワヒリを含む多くの学生、イスラーム運動家、学者、ムスリム同胞団員を捕えて拷問した。
かれらは拷問によって、さらに復讐心をたぎらせ、狂信的になった。
拷問によって仲間を裏切ったことは、ザワヒリの心に傷を残した。かれはジハードの基盤を作るためサウジアラビアに逃亡した。
3 設立者
オサマ・ビン・ラディン(1957~2011)の父ムハンマド・ビン・ラディンは、イエメンからサウジにやってきた労働者で、サウジアラビアの石油産業にあわせて建設業を起こし、サウード王家と関係を深め億万長者になった。かれはサウジアラビアの多くの公共建築や道路建設に携わった。
オサマ・ビン・ラディンは、ムハンマドの17番目の子供だった。かれは信心深く冒険的だったが、学力はあまりなく、大学を中退して一族の会社で働くことになった。
学生のときにムスリム同胞団に入ったが、そのときはまだジハード思想には染まっていなかった。
サウジ社会の急激な近代化は、ムスリムの中で反発を生んだ。人びとの間でイスラーム主義への傾倒が広まった。
4 変化
1979年、イスラーム世界では3つの事件が起きた。
イラン革命は、スンニ派にもイラン同様の宗教国家樹立の設立を促した。
アル=ハラム・モスク占拠事件:サウジアラビアのメッカで、ムスリム同胞団構成員からなるグループがマフディ(救世主)を擁立し、グランド・モスクに立てこもった。
テロリストはサウジ王族を不信仰者と批判した。
王と情報機関の長であるタラキは、フランスの特殊部隊(GIGN)の支援を受けて、テロを制圧した。100人以上のテロリストが殺害、処刑され、また数百人の人質と兵隊が死亡した。
同年、ソ連がアフガンに侵攻した。サウジアラビアは、自国の過激派を懐柔するために、アメリカとともに、パキスタン統合情報局(ISI)を通じてアフガン軍閥(7人の小人)を支援した。
ビンラディンとその導師アブドゥル・アッザームは、豊富な資金と宣伝活動により、ソ連に対する聖戦を呼びかけた。ビンラディンは王家とビンラディン財閥、そしてパキスタン統合情報局の支援を受けて、ムジャヒディンの渡航や訓練、ペシャワールでの拠点構築を行った。
ビンラディンとアッザームは、イスラーム世界のなかでカリスマ性を獲得していった。
外国人戦闘員がアフガン戦争に与える影響はそう大きくなかったが、かれらの多くは狂信的であり、その後、故国に帰ることができなくなった。
[つづく]
The Looming Tower: Al Qaeda and the Road to 9/11
- 作者: Lawrence Wright
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