原題は「ナチの、ガンとの戦争」The Nazi War on Cancer
ナチ党政権時代の医療、健康、福祉政策を検討し、さらに政治と科学の関わりについて考える本。
本書が題材にするのは、断種や人体実験、安楽死等のおぞましい医学ではなく、現代の価値観とも類似している「良質な科学」である。
著者によれば、ヒトラー政権下において、科学は「政治とは無縁に経済力・軍事力を支援する動力として許容されていた」。
一部の科学者たちはナチズムに賛同するわけではなく、「無責任な純粋さ」で研究に励んだ。
ナチスの健康政策と、絶滅政策には関連があると著者は主張する。
1
20世紀前半においてドイツは医学研究の最高峰だった。これはナチス時代も同様で、ヒトラー政権下ではガン研究が進められ、またガン予防のための生活改善プログラム、たばこ撲滅運動が実行された。
元々、工業国であるドイツにはガン患者が多く、ガン予防と衛生・健康政策は国策として行われていた。
2
ガン研究が組織化され、ガンは国家の敵であり、ドイツ民族の健康を害するものであると断定された。
一方1933年の公職法制定に伴い、医学界からユダヤ人研究者が追放された。それでも、ガン研究は続けられた。
ナチ政権による用語の言い換えについて言及される。
殺人は「特別処置」、「最終的解決」等無数の言葉に置き換えられた。ユダヤ人、共産主義はガンに例えられることもあった。
3
ガンの原因が遺伝的なものか、環境によるものかは、学者によって意見が分かれた。人種や皮フの色に起因するものがある一方、生活習慣や、特定の産業への従事や、化学物質の摂取が原因と考えられるものもある。
ナチズムは人種主義、根源主義、急進主義を採用した。様々なガン研究は、優生学や人種衛生学を出発点としている。
4
Ⅹ線の研究と応用について。Ⅹ線はレントゲン撮影で用いられていたが、レントゲン技師・大量にⅩ線を浴びた者の、ガン発生率や奇形出生率が問題となった。
Ⅹ線の危険性を訴える研究者がおり、かたや、Ⅹ線照射によるユダヤ人の断種や、航空機を利用したⅩ線攻撃も検討された。
1930年代には、それまで温泉や食品などに用いられていたラジウム、ラドンが、重大な放射線障害を引き起こすということが明らかにされた。
アスベスト、石英、ヒ素、ラドン、Ⅹ線等の健康被害について、ナチスドイツの研究は、英米や日本より数十年進んでいた。こうした研究の推進は、労働効率の向上と、健康な労働者国民の育成を命題とする党のイデオロギーと密接につながっていた。
[つづく]