なぜ靖国神社参拝に対して諸外国が内政干渉を行うのかを、神社の起源等から明らかにする本。
自民党、特に安倍晋三への非難の調子が強烈であるため、同じ意見の読者が安心することはできても、違う考えの読者を説得させることはできないのではないか。
わたしは、この著者の主張には、東京裁判に関する判断を除き、大体賛成である。
1
侵略戦争を否定し、東京裁判に疑念を表明した2013年の安倍首相参拝が、中国、韓国、その他アジア諸国、EU、合衆国から批判を受けた経緯について。
日本政府、靖国神社ともに、アメリカからの批判にのみ対応し、発言の撤回および修正を行った。
中国・韓国が批判しているのは、追悼行為ではなく、靖国神社への参拝行為である。理由は、靖国神社が「先の戦争を「聖戦」として肯定し、戦死者を「護国の英霊」として顕彰している」からである。
靖国神社は官軍側(「天皇の兵士」)を追悼するために設立され、その後、戦死者の顕彰施設へと変質した。このため、佐幕派や西郷隆盛、一般民の戦死者は祀られていない。
宗教法人たる神社は、日本政府の公式声明と全く相反する主張を持っている。
――戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立を守り、平和な国として、まわりのアジアの国々と共に栄えていくためには、戦わなければならなかったのです。……さらに戦後、日本と戦った連合軍の、形ばかりの裁判によって一方的に、「戦争犯罪人」という、ぬれぎぬを着せられ、むざんにも生命をたたれば1068人の方々、靖国神社ではこれらの方々を「昭和受難者」とお呼びしていますが、すべて神さまとしてお祀りされています。
植民地解放戦争であるという主張は、中国、台湾、朝鮮の説明がつかない。
A級戦犯の合祀は、靖国神社の聖戦史観に基づく行為であり、分祀すれば解決することにはならない。
※ アーリントン墓地との違い……アーリントン墓地に「奴隷制肯定」といった思想はない。また、遺族の意向を無視し埋葬することはない。
2
靖国神社の特別性は、「無断合祀による戦死者の魂の独占」にある。
――戦死者の魂独占ということが靖国神社の生命線であり、かつ先の戦争が「聖戦」であったとするのであるから、その合祀の対象は日本国内だけでなく、かつての植民地支配下、天皇の軍人あるいは軍属として戦争に駆り出され、命を失わされた人びとすべてに及ぶ。
いったんA級戦犯の分祀を許せば、他にも台湾人、韓国人、キリスト教徒、仏教徒等の分離の動きが活発化するおそれがある。分祀を許容しないのはこのためと考えられる。
靖国神社の神々……
・大西瀧治郎:特攻隊の生みの親。
――「国民の4分の1が特攻作戦で死に、血染めになったこの国の様子を見て、アメリカがもうやめようと言い出すだろう。その時が講和の時だ」
・宇垣纒:終戦の日にやけくそで若いパイロットたちを道連れに私兵特攻するが米軍に被害なし。
・東条英機
・広田弘毅:この人物は、松岡洋右の身代わりであるとの説も強い。
・市丸利之助:硫黄島で戦死。ルーズベルトに対し日本の大義名分を唱えた書を書いて特攻。
・藤井一:妻子が夫を特攻させるために自決、孤独の身になった中隊長は特攻を許可され死亡。
桜花、伏竜、回天といった特攻兵器が崇高なキャプションとともに展示されている。
2000年に建立された石川県「大東亜聖戦大碑」の問題。
3
――たしかに自分のいのちは大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するものだ、ということを考えたことがあるだろうか……。
靖国神社は、戦死者を悼み、その死に価値を持たせたい遺族の思いを取り込み、戦争を「聖戦」として正当化してきた。
死者を追悼する感情を取り扱うのは難しい。
――先の戦争は、軍事的にはもちろんのこと、精神的・文化的にも完全な敗北であった。戦争指導者らの怠慢と愚劣さにも目を覆うものがあった。そんななかで、何か1つでもいい、「誇れる」ものが欲しい、そんな思いが、特攻という戦術を批判しながらも「特攻士」を称えさせてしまったのではないか。敗れたにもかかわらず、今なお、零戦、戦艦大和に対する人気が衰えず、しばしば映画が作られるのも同じかもしれない。そしてこうした思いもまた、靖国とその「聖戦」史観を生き延びさせる支えになっている。
戦後の復員行政に靖国神社が関与しており、これも生き残りの要因となった。「戦傷病者・戦没者遺族等援護法」に基づき軍関係の死者の名簿が神社に提供されそのまま合祀された。
なお、遺族年金の受給額には日本軍の階級がそのまま反映されている。中国残留孤児や民間人にはこうした保障は皆無である。
4
東京裁判については、勝者による裁きであるとともに、文明による裁きであるとも著者は書く。この点についてわたしは若干意見が異なる。
日本が野蛮だったのは間違いないが、連合国が潔癖とは考えられない。文明国対非文明国というくくりには同意しない。とはいえ、日本の侵略を非難することには正当性がある。
戦後の独立が東京裁判と憲法理念を受け入れることで成立したのは確かである。
東京裁判を拒否した場合、完全に聖戦史観に戻るのか、それとも、免責された天皇を含む、より広範な責任を追及するのかが問題である。
5
国立追悼施設には千鳥ヶ淵墓苑がある。しかし、ここに外国要人等を招へいすることはできず、また、戦死者多数の魂はいまだに靖国神社に独占されている。
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◆所見
成立の経緯と神社の理念から判断すると、靖国に国家首脳が参拝する事態は、無反省ととられても仕方のない行為である。
現状、親会社・合衆国からの要請により公式参拝はストップされている。
政治的な主張を持つ宗教施設が存在すること自体は、まったく問題ではない。しかし、政府の中枢がその施設を参拝するのを異常と思わなくなれば、同じ失敗に陥る可能性がある。
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去年、久しぶりに神社に行った。
・上映中の映画が相変わらず強烈だった。とある軍の後継組織では靖国神社上映用のビデオ「凛として愛」を精神教育で流していた。
・水中特攻「伏龍」の模型……潜水服と機雷槍を持った兵隊については、なぜか英語のキャプションしかついていなかった。
・本書の指摘のとおり、「戦後の植民地独立」マップにおいて、韓国だけは「独立」ではなく「成立」と記載されていた(苦しいつじつま合わせ)。