キリスト教は一神教といわれるが、民間では聖人信仰が盛んだった。メキシコに行ったときはいたるところにマリアの図像があり感心した。
本書は守護聖者たちの簡単な説明と、各聖者にまつわる逸話、聖者に由来する風習や文化を紹介する。
『ジャン・クリストフ』というロマン・ロランの小説があるが、ジャン・クリストフとは聖者クリストフォルスのことである。クリストフォルスはヨーロッパでも最もポピュラーな聖人の一人である。巨人、力持ち、ひげをたくわえ、キリストを運んだ者(クライスト・フォルス)。
彼はもっとも偉大な者に仕えようと放浪し、童子キリストに帰依した。エジプトにおいてはクリストフォルスは犬の顔をしていて、アヌビスとの類似が見られる。
もとになった伝説では、彼の前の名前を「レプロブス」といい、その意味は呪われた者、罰を受けた者だ。
クリストフォルスの加護は、悪い死を防ぐということだ。キリスト教世界において悪い死とは、突然死、天災による死を意味する。死ぬ前の秘蹟(サクラメント)を受けられないからである。
クリストフォルスは運搬交通業界の守護者であり、園芸の守護者であり、教育・保育の守護者である。それだけでなく、守護聖者とは民衆を守る、キリストの化身なのだ。
この意味で、キリスト教と仏教の、一神教と多神教という区分けは不正確であるといえないか、と著者は書く。
聖者の名に由来する地名は世界中にある。サンパウロ(聖パウロ)、サンチアゴ(聖ヤコブ)、サンピエトロ(聖ペテロ)、サンフランシスコ等。
聖ゲオルクは十字軍の象徴でもあり、龍は異教徒でもある。貴族や騎士たちの守護者であった。龍退治は「世界に広く共通性をもつ原型的な主題」である。
バビロニア神話の海の龍ティアマート。エジプト神話のナイル川の悪い鰐、メソポタミアの有翼の獅子の怪獣。ヤマタノオロチ、ゼウスに倒された悪竜ティフォン。インドのインドラ神は竜退治をした。
「なぜ龍なのか?」ドーデーの解釈は興味深い。人間以前には恐竜、翼竜、剣龍、魚龍が全盛を誇った時代があった。その記憶が残っている。爬虫類を人類は嫌悪してきた。龍は混沌、悪、欲望、死の象徴である。
「ヘブライ人の表象においては……大天使サタンはヘビである」。
ヨハネ黙示録では、大天使ミカエルが龍であるサタンと闘い勝利する。
十三世紀後半にはゲオルクは「マリアの騎士」となった。ドイツ騎士団はこのゲオルクの「永遠に女性的なるものの守護」を信条としたものだ。
聖マルティンは農耕を守護する聖人である。彼はキリスト教がローマにおいて国教と認めれらた後の聖人である。乞食の扮装をしたキリストに自分の外套を剣で斬って与えた。彼は騎士でもあった。
「どうしてキリストは偉くないふりをしてやってくるのか」。
マルティンも北欧ではヴォーダン(オーディン?)と混交している。
聖バルバラ、殉教の聖処女。彼女はポピュラーな守護聖者であり、マリアとアンナに次ぐ女性の聖者とされる。塔や聖餅(ホスティエ)を杯にいっぱいにした女の図が、彼女を表している。バルバラの崇拝はギリシャ正教が起源である。聖バルバラはニコメディアの地主の娘だった。地主は娘のために高い塔を建てた。三つの窓は神とキリストと聖霊をあらわす。彼女はキリスト教迫害により殉教した。
聖バルバラの逸話には「オリエント風寓話的叙述」が目立つ。浴室は、ギリシア・ローマ文化と、キリスト・ヘブライ的思考の対比をよく表している。
聖バルバラの聖人伝は、迫害・拷問の物語である。死の直前に岩が落ちてきてバルバラを助けたという伝説から、彼女は鉱山労働者に崇拝されるようになった。鉱山のいたるところにある聖バルバラの銅像、護符。
塔というものは垂直に天に向かって伸びている。それは地上から神への帰依をあらわす。
マグダラのマリアは、プロヴァンス地方全体を守る聖者だ。彼女は売春婦だったが、キリストによって悔い改め、聖者となった。
――キリストがガリラヤ地方で福音を伝え、さまざまな病気の治癒を行ったときから、マグダレーナは女性の使徒として帰依していた。その頃には七十二人ほどの使徒がいて、キリストはそれを神の恵みとして感謝を表している。いよいよエルサレムに赴き、とくに最後の使命を果たそうとするとき、わずか十二人の男性の使徒を選んだらしいが、イエスが逮捕されるとともに皆逃げ散った。もっとも信頼された一番弟子のペテロは、外套の下に剣を隠して闘うつもりであったが、その愛弟子ペテロも裏切ってしまった。イスカリオテのユダだけがイエスをあざむいた裏切り者になっているが、あの時点でキリストと運命を共にした使徒は一人もいなかった。キリストはまさに孤独な道を歩いている。
聖ニコラウスはサンタ・クロースである。サンタ・クロースは聖ニコラウスのオランダ読みだ。彼はビザンツにおいて熱狂的に支持された。ニコラウスは、貧しい人人にものや衣服を分け与えた。
ある家に娘がいたが、見舞金がなく結婚が失敗しようとしていた。ある夜聖ニコラウスはその家に金塊を投げ入れた。娘の妹が結婚しようとする日にも金塊が投げ込まれて、父親はあとをつけると、なんと司教のニコラウスだった。彼はこのことを黙っておいてくれと言ったが、それは伝説として広まったという。
聖ニコラウスは子供を指導し、プレゼントを与える。これは地方によってかなり毛色が違う。
・地上で悪と闘うのが聖ゲオルクたちだとすれば、天上の悪と闘うのが大天使ミカエルである。
・聖ヴァレンタイン。もともとは子供の守護者だったが、後に愛を護る聖人となった。
・ヨハネはワインの守護聖者である、ヨハネスベルクはその名にちなんだ町である。ヨハネ・ネポムク。パプティマスのヨハネ、キリストの先駆者。そして使徒として生き延びて布教したヨハネ、という三人のヨハネがいる。
・聖ウルバンについての話。ワインがしっかり収穫できるように祈り、願う。
「昔はこの祭りの日が晴れて暖かな日であれば、ウルバン様の像にワインを注いで感謝した。しかしもし雨などが降れば、怒って水をかけたり、なぜ雨にしたのかと泉や川へ像を運んでいってそこへ沈めたという」。
最後の聖家族とは、キリスト、マリア、夫ヨセフ、祖父ヨアキム、祖母アンナたちのことをいう。聖ヨセフ崇拝は東方教会においてさかんだった。