ピークォド号で唯一生き残った乗組員イシュメイルの視点を通して、白鯨との対決と、狂人エイハブに巻き込まれる舟の様子を書く。不気味な存在である白鯨に挑む偏執的な老人の物語である。
読んでからだいぶ経ち、散漫なメモしか残っていないが、エイハブ船長の強烈さはいまだに覚えている。
本書の構成は、
1 鯨についての雑学
2 白鯨を追いかけるピークォド号
3 他の船との接触
によって成り立つ。海の上を旅しながら、徐々に異様な世界にはまりこんでいき、最終的に鯨に遭遇し破滅する。
本作ではキリスト教に関する話が多く登場する。元水夫の説教は、ヨナのエピソードについて語っている。
瑣末なエピソードや細部への執着が続き、捕鯨がなかなか始まらない。
一行は乗り込む船であるピークォド号と契約し、ついに出航する。その過程で謎のキ狂人エライジャやピーレグ船長、信仰心の強いビルダッド、チャリティ夫人、スターバック一等航海士などの人物と出会う。
イシュメールは比較的寛容な価値観を抱いている、キリスト教の狭窄には批判的で、クイークェグが象徴する異文化に対しては、理解しようとする態度をもっている。
「魂が勇気を喪失するさまを暴露するほど悲しい、いや、むごたらしいことはないからである」。
一等航海士スターバックは人間の特質を論じる。人間は集団としては醜悪だ、それは株式会社などと同等で、悪党や醜い貧相な顔の連中を含むからだ。だが理想像としての人間は高貴なものだ、だからそれが失墜してしまうということはとても悲しいことなのだ。
身分や地位のない人間からでる威厳は、まさに神の与えたものである。偏在する神のもとの、われらの聖なる平等。
スタッブの陽気さ、楽天的性格は、パイプを吹くことで折り重なった地球上の死者たちから発せられる瘴気を防いでいることからきているのだろう。この世は「重い荷物を背負った行商人の墓石」いっぱいにもかかわらず。
本の主役である隻脚の船長エイハブは、物語が進んでから登場する。彼は大いなる悲しみにとらわれていて、キリストのようにも見えた。「海との根源的な闘争」のためにできた鉛色のあざもイシュメールの気をひいた。
「老人は眠りを嫌う」、死を連想させるからだ。船長室へ降りていくことは「墓へおりていく」ことなのだ。
彼は無言の圧力を船員に与え、食卓でも船員たちは頭を垂れて飯を食う。そして船員を集合させ、白鯨、モビー・ディックを捕らえよと皆を鼓舞する。それはエイハブの個人的な復讐だった。奴には悪魔が宿っている、とエイハブは言った。
彼は白鯨に復讐するという偏執的な狂気のために、正気を手段として利用した。そして船員たちは同調し、死出の旅に赴く際の宴をはじめた。
エイハブの白鯨への怨恨は、神を冒涜するようなものであるとメルヴィルは書いている。徐々に、白鯨という存在が神をなぞらえたものであるように思えてくる。白鯨を巡る果てしない恐怖やうわさ、伝説、誇大表現は、神の出生のそれと似ている。白鯨にかんする推測に「モビー・ディックは時間においても、空間においても偏在している」という文言がある。
・タウン・ホー号について
・狂信者ガブリエルが、洗脳によって船を支配した話。彼は船長より権力を持つ。「狂気に特有の狡猾さ」を彼はもつ。狂人は正常なふりをするのが得意なのだ。ピークォド号と接触したとき、ガブリエルは、「エイハブたちは沈むだろう」と予言した。
・ユングフラウ号との接触
イシュメイルの独白が物語の調子を決定する。
――人間よ、あまり長く火を見つめることなかれ! なべてを不気味にいろどる人工の赤い火を信じることなかれ! 燦然と黄金に輝く喜びの太陽――これのみが真の灯明であって、ほかはみんな欺瞞の幻灯にすぎない!
――海は地球の暗黒面であり、それが地球の三分の二をしめるが、太陽はその海もかくさない。それゆえ、悲しみより喜びのほうが多いような人間は、真実の人間ではありえない――人間もどきであるか、まだ人間になりきっていないか、そのいずれかである。
――喜びや明るい話題ばかりを好み、暗黒をしりぞける人間は、「ソロモンのごとき深い瞑想にふけりながら、墓石に腰をおろし、苔むす湿った土を掘りかえすようなこととは無縁な存在なのである」。
その後、ピークォド号はサミュエル・エンダビー号に出会う。このサミー号は白鯨に遭遇し、船長は片手を失って、狂気を垣間見させていた。
「君らの船長は正気かね?」
船は徐々に狂気に包まれていき、乗組員が死んでいく。白鯨との戦いは凄惨なものとなる。1人残されたまま呆然となるイシュメイルを残して話は終わる。
――おお、エイハブ! いまからでも遅くはありません。ご覧ください! モービィ・ディックはあなたを求めてはいません。やつを狂ったように求めているのは、あなた、あなたなのです!
- 作者: ハーマン・メルヴィル,Herman Melville,八木敏雄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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