大戦中、情報員としても働いたモームが体験をもとにつくった短編集。
英国の作家アシェンデンはR大佐の依頼に応じ、スイスで諜報活動を行う。
連作形式になっており、それぞれアシェンデンが出会う人物に焦点をあてる。挿話群に通ずるのは英国人としてのアシェンデンの自負である。彼は冷静な視点と頭脳をもち、馬鹿者や悪人には寛大である。
アシェンデンであれ、そのモデルのモームであれ、能力に自負が伴っていなければ諜報部員は勤まらないのだろう。
抜け目ない、人情味に欠けた上司、R大佐の指令で彼はヨーロッパを行き来する。
メキシコ人とナイフは常にセットのようだ。
彼は反乱をたくらむインド人を捕まえる任務を命じられる。そのためインド人の情婦ラザリを拘束し、インド人をおびきよせ、釈放されるか、自らが牢屋に行くかの選択をせまる。
アシェンデンは完全に優位な立場にあり、鉄の精神で女を尋問するが、自分のしていることに疑いを抱いたりはしない。
曰く、愛国心は、平時には馬鹿者や宣伝家に任せておけばいいのだが、戦時になるとそうはいかない。
罠にかけられたインド人は自決するが、アシェンデンが驚いたことに、女はこの煽動家を金づるとしか見ていないのだった。
スパイを全うするには、相手がこちらをだまそうとしている状況で、その相手を出し抜かなければならない。
安全な場所から情報をでっちあげて金をせびるスパイ・グスタフ。
当たり障りのない上流階級を装って近づき、相手から情報を引き出す、もしくは相手がぼろをだすのを待つ。
主人公は厭世的である。またアメリカ人のなんでもかんでも朗読する、読み聞かせする習慣を嫌う。ところがシベリア鉄道で彼は朗読家のアメリカ人と相席することになった。
語り手は皮肉なしにものをいえないようだ。
「ハリントン氏は、馬鹿げてはいるが愛すべき人物だった。この男に辛くあたる人間があるとは思えず、もし仮にあったとすれば、それは子供を殴りつけでもしているようなおそろしいことに見えたであろう」、アシェンデンはこの退屈だが憎めない男と付き合うために「真のキリスト教精神を発揮」した。
アシェンデンやヴィクトリア風外交官の言うとおり、虚栄心はすべての行動の源であり、人間に不可欠のものである。問題は自分ではなく他人のカードでこれを満たすことである。
曰く、芸術家がすきなのは芸術と自分だけである。文学青年が豹変すると、判で押したように遊び人となり、遊びを礼賛する。彼らは自分の立像を見ながらよろこんでいる。
洗濯物のために死んでしまったハリントンの話。気まぐれで感情的、演説好きな点で、ロシア人とアメリカ人は相通ずるものがある。
演説、群集、装甲車は、ヴォルシェヴィキ革命の勃発をよく表現している。
モームの本はおもしろい人物につねに着目する。ミラーの本はいつも奇人変人のことを話題にするが、この本もまたスパイ活動をめぐる人物列伝となっている。
- 作者: モーム,W.Somerset Maugham,中島賢二,岡田久雄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2008/10/16
- メディア: 文庫
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