「本書の重点は、本格的な研究論文を書き上げるまでの下準備の過程に置かれています」
第一章 問題の場からトピックへ
論文作成の三分の二はトピック選びと資料集め・資料研究で占められる。トピックを選ぶには、問題にする題材からさらに絞込みをおこなう必要がある。トピックを決定する際に確認する条件とは……資料があるか、自分の力で扱えるか、新しいトピックか、自身に関心があるか、意義があるか、である。
文学を社会学的に分析する場合、『怒りのぶどう』だけでは問題の場にすぎない。そこからさらに限定して、「米国の移住労働者」というトピックを引き出さなければならない。クロムウェルならば、「クロムウェルとイギリス・スコットランド合併案」など。
トピックをさらに細分して、問いのかたちでサブ・トピックをつくる。これが論文のアウトラインを形成する。枝葉末節を切ること。
第二章 資料探し
資料は手早く探すこと。検索を使って仮読みをすすめる。
第三章 研究の準備
参考図書reference booksに目を通すこと。これは各種事典、地図、手引き・資料集成のことである。引用句辞典Quotations、格言辞典、コンコーダンス。
参照した文献はすべて記録すること。項目は著者、タイトル、出版地、出版社、出版年、請求記号。また簡単なコメントを記しておく。
第四章 資料研究・読みと整理
資料からのメモは必ずテーマごとに分類すること。これにはパソコンやルーズリーフが役に立つ。各資料のまとめ方には、要約、言いかえ、引用、コメントを付す。コメントは電報スタイル(telegraphic)であるのがよい。
自分の求める資料の方向性と、その資料の方向性が同じであるとは限らない。その場合は目的に適う部分だけを抽出してメモする。
第五章 資料研究・確実なデータ作り
資料批判は研究するうえで不可欠の仕事である。とくに人文科学・社会科学の分野ではことさら重要になる。第一段階は資料の種類による判別である。
1.その資料が作為か不作為か(宣伝・政見演説と会計報告・伝説の違い)。
2.内容による類別(法律にかんするものか、神学にかんするものか)。
3.目的・機能。4.起源……事件と同時代のものか後世のものか、私的資料か公文書かなど。一次資料、二次資料などはこの起源のカテゴリに属する。
――ちなみに、まともな研究者は主に一次資料を用いて論文を書きます。他人が作った二次資料ばかりに頼って、いわば孫引きの論文ばかり書くのは二流・三流の研究者です。
小説についての論文を書くにしても、翻訳は当然二次資料だろう。一次資料に触れられなくては、論文が書けないのも当然のことである。いい加減な資料と聞きかじりの意見で文学的エッセイを書くのはみっともない。
二次資料のほうがすぐれている場合もある(モムゼンなど)。
内的批判(internal critic)の九か条……
1.ことば・文章の意味。
2.由来。その資料がどこからきたか、いかなる組織によってつくられたか。
3.無理・矛盾。強引な説明、こじつけをおこなっていないか。自分の説にそぐわない観察結果を捨てていないかどうか。
4.可能性・蓋然性・確実性。資料の説明や理論が現実的かどうか、また過去に合致する事例があったかどうか。
5.正確度・批判性。作者が「詩と真実」を区別しようとしているか。
6.報道能力。作者に客観的観察の能力・環境・専門知識があったかどうか。
7.意図。資料の意図を読む。
8.偏見。どの党派から電波を受信しているかを見極める。
「大きな社会変革の時代には、ことさら偏見をもって書かれた党派的資料がよく出まわります」。
学派、民族、政党、階級、身分などもおさえるべき要素である。
9.研究者自身の偏見・能力。
資料批判のためには古書体学、公文書学、言語の知識、その他あらゆる技術が必要になる。これが研究の技術というものである。
また資料批判は不断の習慣にしなければならない。
第六章 書く アウトライン
書くことには「資料を組み立てる技術的形式的な面」と「集まったデータをもとに解釈する、理論化する、広い意味で説明するという内容面」がある。
アウトライン構成の方法は『論文の教室』とほぼ同じだ。
――修辞学者のなかには、はなしのタイプを描写的(場所、状態)、物語的(できごとの経過)、説明的(考え、思想)、論議的(提案、主張)にわけ……
日本人に多く見られるあいまいな論理のことば……「であるかもしれない」「といってもよいのではなかろうか」「あれ・これ・このこと」等。
第七章 書く 説明の方法と概念の操作
事件をより広い視点からながめるのに一般概念が用いられる。このとき細心の注意を払わねばならない。「資本主義」等の何々主義、「封建制」、「近代」、こういう概念はすべて党派の宣伝を起源とする。事実に即した用語を用いるのが正しいのであって、概念や理論に事実を従属させてはならない。
***
限られた時間と文字数のなかで小論文を書く場合、まずトピックを決めたら自分の可能な範囲で分析をおこなう。
――「読む」には「書く」と同様に一定の技術が必要で、現代の文明社会で「字の読める文盲」が増えつつあるのは、その「読む技術」art of readingがないがしろにされ、教えられなくなっているからでしょう。
日本語でも論理的な文章を書くことは可能である。