うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『生きている兵隊』石川達三

 南京攻略にむかう日本兵たちのすがたを描く。国家の問題に動員される人間はさまざまである。開高健にも取り上げられていた僧兵から、現実と妥協することのできるインテリまで、人間の性質は多岐にわたる。

 ほとんど過去形しか使われておらず、特定の人物に視点を固定させることもないので、古い叙事詩をおもわせる。軍紀の緩みから生まれる残虐行為や、中国人にたいする表現が多く削除されていたらしい。慰安所や国民政府の通貨による不正利得も当時は厳禁だったようだ。

 生活が個人を強く拘束するに従って、彼の精神は変質していく。この拘束的な生活の極限が戦争であり、ここではさまざまな精神が白旗をあげる。倫理のないインテリゼンスは生活に容易に適応し、平気で残虐行為をおこない、むしろおこなうことを得意がるようになる。ロマン主義者はいかなる生活になろうとも、そのロマン的精神で自分と自分をとりまく環境を美化することができる。

 著者が、感受性がかえって現実に対する掩蔽となるというのは的を射ている。

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 物語はたいした起伏のないまま、南京を征服しておわる。虐殺の問題は国民革命軍の戦術と大きくかかわっていた。

 局所にあらわれる戦闘の場面や、殺害の場面は生々しい。

 

生きている兵隊 (中公文庫)

生きている兵隊 (中公文庫)