うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ヴォス オーストラリア探検家の物語』パトリック・ホワイト

 空想的で、場の空気が読めないドイツ人探検家ヴォスと、社交こそがすべてと信じるオーストラリア商人の一家とその親戚たち。ローラ・トレヴェリアンとヴォスの意識の流れは、若干とってつけたような感がある。

 ヴォスは謙虚を毛嫌いする。

 「自己否定の行動に身をゆだねることで、そういう人間は一種貪婪なまでの恍惚を味わうのにちがいない」。

 よって彼は神を信じない。

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 「汚泥、手に負えないほどの糞尿、無尽蔵にいくらでも吐き出される吐瀉物、それらの汚物が呈する緑や褐色の色合いこそ、地獄の真の色彩ではないのか」。

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 ヴォスの生い立ちはあまり明らかにされないが、子供のころから人と打ち解けず、また社交を軽蔑していたらしい。オーストラリアに来てからも、スポンサーのボナー氏とその家族との交流を避けていた。一方のボナー氏たちは日々の交流だけを生きがいとする種族で、ヴォスについては半分気違いだと考えていた。

 夢想癖のあるドイツ人と唯一おたがいに通じ合うのが、読書好きで浮世離れしたローラ・トレヴェリアンである。

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 ヴォスが探検家としてすぐれていたかどうかには疑問がある。現地で雇うことになったジャッドはエマンシビスト(満期受刑者)であり、彼が経験した苦難と超然とした態度によって、ヴォスに匹敵する指導力を隊のなかでもつようになる。一方のヴォスは自分の勘違いからパルフリーマンを土人にむかわせて殺されるはめに陥らせたり、結局探検隊を分裂させてしまったりと、見るべきところがない。本心からヴォスについていくのは、白痴筋肉のハリーだけである。

 彼は世俗を軽蔑していたが、なぜ土人とは理解しあえるとおもったのだろうか。理解できないもの、神秘的なものを自分に都合よく認識したためだろうか。パルフリーマンが投槍とナイフで殺されたあと、探検隊は土人たちに包囲され、ヴォスもさいごはナイフで喉を切り裂かれる。手を下したのが、雇われ土人少年のジャッキーである。

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 探検のようすは臨場感があり、後半は凄惨な場面がつづく。探検隊の崩壊からは、作者の猟奇趣味さえうかがえるほどだ。

 土人の攻撃がはじまっても、食糧不足、水不足でみな正気を失っているため、比較的平然としているのが不気味である。ヴォスから離反して引き返したジャッドたちも、途中でつぎつぎと力尽きる(ジャッド自身は生き延びる)。

 荷物が川に流されたあたりから、ヴォスはローラの幻覚をみはじめる。ローラは三人称でも存在するかのように書かれているので幽霊かなにかのように感じる。ローラはヴォスの妄想のなかでは妻となり、都合のよいことをしゃべる。これで実際のローラがヴォスになんの感情もいだいていなければさらに救いのない話になるが、ローラはヴォスに共感を抱いていた。

 浮世をすべてとするボナーたち一般のオーストラリア人にたいする反感で、彼らは結びついていた。しかしヴォスは存在しない大陸中央の湖か楽園かを目指した結果、土人に殺された。

 世俗を軽蔑し、天上世界や神秘をもとめるものは、かれが見過ごした、または気を許した別の世俗によって喉をかききられる。

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 荒地やブッシュ(奥地)の表現、蝿と蛇、荷物の管理、空腹による幻覚と発狂、探検隊の分裂など、探検そのものの描写に迫力がある。

 

ヴォス―オーストラリアの探険家の物語〈上〉

ヴォス―オーストラリアの探険家の物語〈上〉