うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』ジョン・ル・カレ

 本作、『スクールボーイ閣下』、『スマイリーと仲間たち』をスマイリー三部作というらしい。

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 ル・カレの文章は皮肉と婉曲が多い。これらは相手にも同等の前提知識を必要とするので、自分はル・カレの文を理解することで彼と同じ知的レベルにいると感じてうれしくなる。ル・カレの文章や登場人物が感情を素直に出すことはあまりない。登場人物は皆エリートだが、疲弊しているか、私生活や人格に傷が入っている。肥満率が高いのはなにか理由でもあるのだろうか。過労やストレスで偏食になるのか、若い頃はイギリスのエリートとしてスポーツをたしなんでいたが、老いてからだの代謝が低下したのか。

 話のうえでも、また物事の表現にしても、観察が重要性をもっている。まわりのものを美しくとらえるとか、大江のいう「異化」とかではなくて、警察や国税専門官の使う観察である。

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 香港でソ連工作員女と接触したという話を、諜報部員のターは引退したスマイリーに聴かせる。誰かの口を通してであれば香港の具体的な描写は必要ない。

 サーカス(英国諜報部)に忍び込んだスパイ(二重スパイ)を摘発したいが、ヘイドン、アレリンらの新体制は上意下達式で、上層部以外は情報から閉ざされているため、探ることができない。そこでレイコンやターが、引退したスマイリーにこの仕事をもちかける、という話である。

 サーカス内の二重スパイにはめられて負傷したプリドーや、別チームをつくったギラム、レイコンらとともに、スマイリーは上層部にひそむ裏切り者を徐々に追い詰めていく。

 派手な銃撃戦や拷問はなく、ページの大半は聞きこみ調査、スパイたちの経歴や心のつぶやきで埋められている。

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 スパイになる人間は皆優秀だそうだ。頭の回転が速く、利にさとい。また猜疑心に満ちていて、注意深く、他人を安易に信用しない。こういう人間は皆犯罪に手を染めそうなものだが、そうはならない。

 彼らを忠実な任務に結びつけるのは愛国心である。愛国心は道徳や善悪などとはまったく別のものである。しかし、抽象的な愛国心が、現世利益や復讐心、功名心を抑えることなどできるのだろうか。作中のスパイたちに見られるように、大半の人間は憎悪や怨恨、もしくは情報不足による憧れから、忠誠心を導き出しているのではないだろうか。

 

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)