作者がラジオ放送のためにつくった詩「神の裁きと訣別するため」と、ゴッホについての考えを書いた「ヴァン・ゴッホ」が入っている。
アルトーは外国の演劇などを参考に作品をつくった人で、精神病院に入れられて死んだらしい。
翻訳文を読んですぐ、すこしあたまがおかしいことがわかる。自問自答が多く、また、糞便や性的なことに関心をいだいているようだ。風景を再現しようというつもりはまったくなく、抽象的で、広い範囲を示すことばがつづく。このため、読むと茫漠とした印象を受ける。たまにわかりやすくあらわれるのは、やはり糞や精液、血といった不潔なものである。
ラジオのために書いた詩で、アルトーは聴く人の世界観かなにかをつきやぶろうとしていたらしい。
散文のようにみえるが、よくみると句点がないことがあり、はっきりしない形式をとっている。
――大地からじかに錯乱を食べる民の方が私ははるかに好きである、彼らはこの錯乱から生まれてきた、
私はタラフマラ族のことを語っている
彼らは生まれつつ、
大地からじかにペヨトルを食べる
そして、黒い夜の王国を打ち立てるために太陽を殺し、
空間をなすさまざまな空間がもう決してであったり、すれちがったりしないように十字架を引き裂くのである。
「糞便性の探求」は、糞便と、抽象的なことばを組み合わせたふしぎな詩で、なにか主張しようとしているようだが、糞に眼がいってしまう。
――鉄と炎しかなく
糞がなかったので
人間は糞を失うのが怖かった
あるいはむしろ糞をほしがった
そしてそのため血を代償にしたのである。
自問自答、くりかえしが頻繁にでてくる。
――神とは存在なのだろうか。
神が存在だとすれば神は糞である。
神が存在でないとすれば
神は存在しない。
ところで神は存在しないのである、
――重大なことは
この世界の
秩序の背後に
もう一つの秩序があるということを
われわれが知っていることだ。
それはどんなものか。
それはわからない
ラジオ向けの脚本にはアルトー本人も登場し、インタビュアーらしき人物と会話する。
「私の頭はおかしくない。私は狂人じゃない。私は、新しい神の観念を強制するためにまたしても黴菌が作り出されたといっているのだ」
「人が黴菌と呼んできたもの それは神なのだ」
「残酷劇」で、作者は外国の舞踏を体験したことを書く。
――病んだ者の呼吸や脈拍をききながら、
これら悲惨に切り詰められた身体の強制収容所を前にして、
おそるべき黴菌たちに
おしつぶされた巨大な地平の
足や胴体や性器の鼓動に耳を傾けながら。
じつは黴菌たちとは別の人体なのだ。
「ヴァン・ゴッホ」によれば、ゴッホは異常な社会から排除された。かれの絵はものの本質をあらわしており、社会はこれを隠すためにゴッホを狂人扱いした。
「かくして社会は、精神病院のなかで、社会が厄介払いするつもりだった、あるいはそれから社会が身を守ろうとしたすべての人びとを圧殺させたのである、まるでこれらの人びとが社会と重大な何らかの卑劣な行いの共犯関係になることを拒んだとでもいうように」
「というのも精神病者とは、同じく社会が耳を貸そうとしなかった人間、そして耐え難い真実を表明するのを社会が妨げようとしたひとりの人間でもあるからだ」。
アルトーは、ゴッホは「線や形ではなく、大変動のまっただなかにあるような不活性の自然の諸事物を」かいた。ゴッホの絵は「ありうべきひとつの恒久的実在性への秘密の扉を開く」。
ゴッホは「生のもっとも卑俗な諸事物から神話を推論する術を心得ていなければならない」と考えた。かれは物そのものを重視したようだ。
――というのも実在性は、いかなる歴史、いかなる寓話、いかなる神性、いかなる超現実性よりも遥かに上位にあるものだからである。
絵画を超えたなにかを追求するのではなく、絵画そのものをつくろうとした。
ゴッホ論は徐々に形式をかえて、詩のような位置取りをはじめる。
――ヴァン・ゴッホは画家以外の何ものでもなく、そしてそれ以上ではない、
哲学によっても、神秘思想によっても、儀式によっても、精神外科術によっても、または典礼によっても、
歴史によっても、文学によっても、または詩によっても、
彼の日に焼けた黄金の向日葵は描かれてはいない、それらは向日葵として描かれており、それ以上の何ものでもないのだが、しかし原始物の向日葵を理解するには、いまやヴァン・ゴッホに立ち戻らなければならないのだ……
「卑怯な猿と濡れそぼった犬からなる人類と向き合うなら、ヴァン・ゴッホの絵画は、魂のない、精神のない、意識のない、思考のない、そこにはただかわるがわる鎖につながれ鎖を解かれた最初の諸要素だけがあるひとつの時代の絵画となるだろう」
ことばの使い方が独特なので、翻訳した人間もかなりことばを考えていると感じた。
- 作者: アントナン・アルトー,宇野邦一,鈴木創士
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
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