うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『大いなる失敗』ズビグネフ・ブレジンスキー

 カーター大統領の国家安全保障政策のブレインだった人物が、共産主義の顛末と、今後の展望について予測する。ソ連崩壊の直前に書かれたものだが、今後共産主義が衰退すること、ソ連が力を失うこと、中国が経済成長を続けていくことなどを的確に推理している。

 大まかな共産主義の発展についてはこれまでわたしが読んできた図書とそう変わらない。共産主義は貧困と専制を温床にして生まれた、近代化の副産物だった。ソ連において共産主義は専制と結びつき、歴史上類をみない害毒をもたらした。

 共産主義の失敗については、この哲学が人間の本質を見誤ったことに原因を見出している。人間は、個人の自由や、精神的・芸術的な自己表現を求めるもので、また経済的・技術的発展は、物質的な欲求と強く結びついている。共産主義はこの人間の性質を無視したために、社会から創造性を奪ってしまった。

 ブレジンスキーがこの本を書いた時点ですでに共産主義の衰退ははじまっていたが、具体的には次のような道筋をたどるだろうと彼は考えている。

 ゴルバチョフの政策によってソ連イデオロギー的正統性を失い、また経済政策についても共産主義の理念から離れていく。ソ連共産主義を手放すということは、共産主義政権の見本が地球上から消滅するということである。東欧をはじめとする衛星国家は、すでにソ連からの分離独立をはじめており、かわって民族主義が台頭している。中国は鄧小平が市場経済を取り入れることで、共産主義から離れつつある。キューバ北朝鮮ベトナム、アフリカの共産政権はほとんど力をもたない。共産主義を維持しようとするのは、既得権益を手放したくないエリートだけになるだろう。この見方は、いま読んでみるとほとんど正しいことがわかる。

 ソ連については、社会の分裂に危機感を抱いて抑圧を強めるか、ブレジネフ時代のような停滞が続くか、もしくは解体されてしまうだろう、と予測を立てている。実際の歴史でおこったように、あっけなく崩壊してしまうとはおもっていなかったようだ。

 共産主義から、民主主義、とくに、多党制民主主義への移行について懸念がつきまとう点を彼は指摘している。共産主義イデオロギーが力を失うことで、為政者たちはこれにかえて民族主義を旗印にする傾向がある。共産主義から民族主義権威主義体制への移行は実際におこり、これが紛争の原因となったのではないかと考える。もともと民主政の基盤を持たなかった国家は、多党制民主主義への移行に失敗している。体制移行について、むかし大学で講義を受けたことをおもいだした。

 情勢を正しく分析するには事実をまず並べてよく観察することが重要である。ブレジンスキーの予測はかなりその後の変化と合致しているので、書いてあることは今読むと当たり前のことでしかない。政策を決定するには、このくらい精確な把握をしなければならない。

 日本については、最後まで共産主義が根付かなかった国という評価が与えられている。日本は工業化の途中で敗戦を迎えたため、終戦後、ふたたび工業化がおこなわれた。一貫して市民の所有権や、経営活動、人権が保護されたため、共産主義イデオロギーが支持を得る土壌が存在しなかった。

 貧富の差が他国に比べて少なかったのは結果であって、共産主義イデオロギーに基づいた政策がおこなわれたから貧富の差が少なくなったのではない。

 

大いなる失敗―20世紀における共産主義の誕生と終焉

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