序論
オウムの犯罪が宗教的動機に強く結びついていることを時系列で説明する。
オウム真理教はサリン事件以後急速に風化した。オウム事件を振り返り研究者の責務を考える。本書では特に情報発信に重点を置く。マスメディアや研究者からの情報発信が不安定だったのに対し、オウムは用意周到な情報発信を行っていた。
本書の意義
1 オウムを研究する際の基礎資料となる。
2 社会の中での宗教情報がいかなるものかを知る。
3 宗教が危険な傾向を示すのはどのようなときかを知る。
麻原彰晃は始め原始仏教に傾倒したがそのうちチベットその他オカルト要素に移行していった。このときから社会的救済を使命とする犯罪の兆候が見られた。
1988年修行中に死んだ信者を警察に知られないよう自分たちで焼却処分した。続いて脱会しようとした実行犯をリンチによって殺害した。一連の事件は教団による世界の救済を遅らせないようにするという宗教的動機が関わっていた。
ポアについて……麻原はチベット仏教を参考に、特別な功徳を積んだものは殺人も功徳となるという説を唱えた。
サンデー毎日の批判記事、宗教法人申請の際のトラブル、坂本弁護士らの活動を通してオウムは対外テロ部隊の創設に傾いていった。
1990年、総選挙に出馬した真理党が惨敗したことは麻原の心を深く傷つけた。この後、社会を変えるにはテロしかないと考えるようになったと著者は分析する。
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1 オウムからの情報発信
ビデオ……陰謀論に基づく編集ビデオ、広報ビデオ、修行解説、筋トレビデオ、アニメ
ラジオ放送……1992年から3年間、ロシアの周波数枠を用いて放送された。
説教テープ……子供用、青年用、等
歌と曲……歌、アストラル音楽、
対外用、在家信者用、出家信者用、直弟子用という風に用途で区分されていたほか、部内限りのものもあった。
機関紙
教本……説教丸暗記のドリル、要約問題、ヴァジラヤーナ教学システム、「猛スピードで成就」。
2 社会からの発信
新聞報道……全国紙はほぼ後追いだった。
雑誌……『サンデー毎日』はオウムに批判的な特集を先駆的に掲載した。江川紹子は坂本弁護士失踪事件からオウムの調査と批判を続けた。中沢新一、ビートたけしら一部の知識人はニューエイジ思想とオウムとを関連させ活動を擁護した。田原総一郎はオウムの掲げる教義と実際の活動との矛盾を指摘した。
テレビ……オウムは積極的にテレビ出演することにより弁論の機会を得るのみならず宣伝活動も行った。
サリン事件前までは、教団の起こすトラブルを批判的に報じるメディアがある一方、宗教団体ということで価値判断を控える報道や学者、またオウムの教義にのみ着目し活動を擁護する学者も多かった。
事件後はいっせいにバッシングが始まった。
オウムを擁護していた学者たちの文言については以下のとおり。
――私たちは、オウム真理教の奇妙な行動にふれるたびに、その裏に何かが隠されていると考えてしまいがちだが、彼らの行動や主張はむしろ文字通りに受け取るべきではないだろうか。
――「オウム真理教の信者になるということは、ビックリマンのシールを集めたり、ファミコンをやることとあまり変わりがない」
――「信者たちはオウムを素晴らしい宗教として考えることによって、自分たちの活動を楽しんでいる。……出家は、おとぎの国へのパスポートです」
オウムの実際にやっていることや、周辺社会とのトラブルを直視せず、親と子の自立の問題等にすり替える議論が散見された。
3 現代社会
真理党は東京4区から立候補し全員ホーリーネームを利用した。しかし麻原マスクをかぶる等、あくまで主役は尊師だった。
オウムはパソコンショップ、グッズショップ、通販、食堂などを経営した。
森達也監督の映画作品はこれまでに見過ごされていたオウムと一般人との関係を描いたが、作品からはオウムの引き起こした事件の事実が完全に除去されている。
オウムの脱会者たちの言葉から、教団が徐々に排他的になり、武術訓練などを開始していった過程が見えてくる。脱会者をめぐるトラブルが頻発し、殺人の温床となった。
オウム真理教は陰謀論をさかんに唱えた。特に犯罪集団化してからは、自分たちを妨害する悪魔の存在を主張し、ユダヤ人、フリーメーソン、イルミナティ等の語句をよく用いるようになった。
ロシアにおけるオウム……ソ連崩壊後のロシアでは宗教や精神世界がブームとなっていた。また、オウムの会員証を手に入れることが人びとの間で流行していた。ロシア政府の高官は外貨獲得手段としてオウムとの交流を行い、また信者は一時期激増した。
サリン事件以後の取締りと、被害者の会らによる活動、当局の規制等によりピーク以後は減少傾向にある。
残されたオウム信者たちはアレフ、ひかりの輪、ケロヨンクラブと分裂していった。元幹部村岡らの率いるアレフ、上祐率いるひかりの輪、過激な精神を残すケロヨンクラブ等は今なお公安の監視対象であり、事件やトラブルの種となっている。