うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『法哲学』平野仁彦 編 その1 ――法とは何かを考える入門

 

 法とは何か、法はどのようなものであるべきか、等を研究するのが法哲学である。
 本書は非常に広い範囲をカバーする教科書である。

 

  ***

 1 現代の法と正義

 現代社会はグローバル化が進んでおり、法もまたその影響を受ける。

 法哲学とは、法の基本的なあり方に係る問題を検討するものである。すなわち、法の哲学的探究である。

 これを大きく分けると、法の全体像の問題と法の理念の問題となる。前者は法秩序の全体像をどうとらえるかであり、後者は法の基本的な理念、あるべき姿を考えることである。

 

 現代的な意義:

・グローバリゼーションに伴う標準化と差異化の潮流において、法をいかにとらえるか。

・リベラル・プロジェクト……立憲民主制の枠組みのもと、個人の平等と自由を中心的な秩序原理とする考え方。ロールズ以降の議論を考えること。

 

 ロールズの『正義論』について:

功利主義批判……利益の最大化のみを重視し、その配分には無関心である。

 

 功利主義のこうしたいわば全体志向の側面が、全体の利益を増大させるためであれば個人ないし少数者が犠牲とされるのを厭わないという傾向を生むのである。

 

ロールズの正義……「基本的な権利・義務を分配し、社会的協同から得られるさまざまな財を分配する仕方、制度的仕組を規制する正義原理」。

・正義原理を導出する手続き……利己的・合理的な原初状態の当事者が、ルールを合意に基づいて決定する。この際、かれらは自分が弱者なのか、富者なのかわからない……「無知のヴェール」を持つため、こうした個人を差別するルールは排除する。

・正義原理のなかでも「自尊」が特に尊重される。

・正義の二原理……第1原理は、あらゆる基本的な自由を平等に保障すること。第2原理……「格差原理」は、国による積極的な格差是正措置を正当化するもの。また「公正な機会均等の原理」では、平等なチャンスを重視する。

 

 ロールズの正義論は、福祉国家リベラリズムへとつながった。

 また、福祉国家リバタリアニズムリベラリズム対共同体論といった新たな議論を生んだ。

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  ***

 2 法システム

 法とは何かについて考える。

 近代法では、法を、人が定立したもの、つまり実定法であると考えてきた。その根拠は神や自然法ではなく、強制的な命令とされた。

 しかし強制力だけに着目すると、法が権力を拘束する規範である点、人びとが法を順守し主体的に運用する側面が無視されがちである。

 

 法規範……各人が自己や他人の社会規範として法をとらえることもまた、法システムの自立性を支える。法には規範性がある。

 

 法の妥当性(法はどうして妥当するのか、人を義務付ける力を持つのか、その根拠はどこにあるのか)をめぐる学説:

 

・法学的妥当論……法規範の妥当性はより上位の法規範の妥当性に基礎づけられる。これは憲法を頂点とする。

 ケルゼンの創始した説で、問題点は、憲法を基礎づける法規範がないこと、また「悪法も法なり」の法実証主義に与しやすいことがあげられる。

ja.wikipedia.org

 

・事実的妥当論……法に実効性があればそれが妥当性である。主権者による実力行使ができていればそれが妥当性である。社会成員が心理的に承認していれば妥当である。

 

・哲学的妥当論……法以外の価値・理念によって基礎づけられる妥当性。

 

 ……法は道徳から自立してはいるものの、法独自の観点で道徳規範の内部化を行っているのであり、そのかぎりにおいて法と道徳は関連を持つと考えるべきなのである。

 

 近代法は、近代市民社会市場メカニズムを保障・整備するためにある。

 人格の対等性、所有権の絶対、契約の自由……公法私法二元論に基づく近代法から、福祉国家・積極国家を目指す現代法へ。

 法の介入範囲が広がる「法化」は、副作用(国家による社会介入の増大、複雑化)を伴う。

 

 法システムの構造と機能:

 法規範の分類

1 義務賦課規範……命令、禁止、免除、許可

2 権能付与規範……法的に有効な行為を行う権能を付与

3 法性決定規範……XはYである

 

 行為規範と裁決規範

・行為規範……~してはならない

・裁決規範……~した場合は死刑又は無期あるいは……に処する

 

 法準則(法規則、法ルール)と法原理(抽象的な指針……公序良俗、信義則、権利濫用、正当事由、基本的人権など)

 法的活動……法の定立と適用

 

 権利と義務:

 権利の分類……

1 公権……立法、司法、行政、参政権自由権、平等権、国務請求権

2 私権……財産権、非財産権(人格権、身分権、社員権、相続権)など。

 権利は道徳的・政治的レベルから法的レベルにまたがる幅広い存在形態を持つものである。

 法システムの中核機関である裁判所は、法的思考に基づいて紛争解決を行う。

 

 法システムの機能

1 社会統制

2 活動促進

3 紛争解決

4 資源配分

 

 法の射程と限界:

 法はどこまで人間社会に介入できるのか。

 

1 ミルの危害防止原理

ミルの『自由論』は個人にとって自由とは何か、また社会国家)が個人に対して行使する権力の道徳的に正当な限界について述べている。『自由論』の中でも取り分け有名なものに、彼の提案した「危害の原理」がある。「危害の原理」とは、人々は彼らの望む行為が他者に危害を加えない限りにおいて、好きなだけ従事できるように自由であるべきだという原理である。この思想の支持者はしばしば リバタリアンと呼ばれる。(Wikipedia

ja.wikipedia.org

 

2 リーガル・モラリズム……法による道徳の強制、「善い生き方」の強制は、リベラリズムとは対立する。しかし、一夫一妻制や売春規制、同性愛規制など、常に正当性をめぐる議論がある。

3 不快原理……売春やわいせつ物陳列の根拠として、不快感を与える行為に対する規制があげられる。しかし、少数者の抑圧に用いられがちなど、問題がある。

4 パターナリズム

 

 パターナリズムとは、本人自身の保護のために、場合によっては本人の意に反してでもその自由に干渉することをいう。

 

 未成年、被後見人保護や薬物規制、スポーツ規制、年金強制納付など。

 

 以上、法による規制は決して万能ではないことを認識する必要がある。

 

 公権力への依存傾向が強いといわれるわが国においてはなおさら、安易な形での法への依存には慎重であるべきであろう。

 

 自然法論と法実証主義:悪法は法なのか、自然法に照らして無効とするのか。つまり、法の運用に法システム外の要素を取り入れるのかそれとも法システムを閉鎖的に運用するのか。

 法システムは、社会的要求をいかに取り入れるのか:

 法は利益衡量論や法制度改革によって社会的要求を取り入れる一方、何でも法で解決できるとする法万能主義には慎重であるべきである。

 

  ***

 

 3 法的正義の求めるもの

 人間社会における正義の歴史を検討する。

 古代から法と正義は密接に結びついてきた。

 

・正義としての戦争

・応報としての正義

・互恵

アリストテレスの正義……法(=道徳)にかなっている物事が正義である……配分的正義、矯正的正義、交換的正義、等しき者は等しく

・権利・義務としての正義……ストア派法律家ウルピアヌス「各人に各人のものを配分する恒常不断の意思」。

・共通の正義……公共の福祉、共通善

・形式的正義……等しいものは等しく扱え

・普遍化可能性

・立場の互換性……自分の権利主張は他人に対しても認めなければならない

 

・手続的正義

 

 ……法における手続的正義の実際の運用は相当に複雑であり、従うべき手続きがあらかじめ存在し、それに従った結論は正義にかなっているといった単純な考え方でやってはいけない。

 

 価値相対主義

 近代にいたり、キリスト教的価値観が失われると、正義を学問として追求できるのかという疑問が生じた。価値は主観化し、何が正しいか、善かの判断は各人に任されるようになった。

・価値関係的学問……様々な価値判断がある究極の価値と一致するかどうか

・純粋法学……ケルゼン、法を妥当性の観点からのみ考察

・メタ倫理学……命題が、対象となっている学問を精確に記述・説明しているか

・古典的リベラリズム……国家は、徳の倫理の実現において主要な役割を担うことを放棄する。国家は個人の生き方には介入しない。

・リベラルな倫理学とリベラルでない倫理学……リベラルな倫理学は、行為の正しさを、必ずしも追求しない。

 

 要するに、リベラルな倫理学とリベラルでない倫理学との決定的な違いは少なくともいくつかの実践的問題に対して、どちらでもよいという回答を許容するか否かにある。

 

 近代倫理学は一個人の行為がよいかどうか、正しいかどうかを、徳やルールの観点から説明する。一方、近代法哲学では、それが国家権力によって強制されうるかを考える。

 

 現代リベラリズムの代表者であるロールズの思想:

 正(正義)は社会の基本構造に対応し、善は個人の生き方に対応する。功利主義は善=私益の最大化が正=公益の最大化につながるとする。しかしロールズは、個人の生き方である善は、効用という一元的尺度で計ることができないから、できるだけ多様で自由な生き方を認めるべきであるとする立場をとる。

 

 現代の法哲学的正義論は、リベラルな倫理学に属する。

 

 [つづく]

  ***

 

法哲学 (有斐閣アルマ)

法哲学 (有斐閣アルマ)

 

 

 ※ 参考

 

 

買い物(柔道系、昔話、口承文芸、佐藤優の旅行本)

 ◆落語、昔話、口承文学

 この間読んだ落語の本が面白かった。文学関係のライターが、口承文芸の1つという視点から落語を解説している。

 落語の落ちとは、一般的な起承転結とは異質な、物語の構成や時空を超越した語り口であるという。

 

 

 落語や口承文芸、昔話については昔いくつか本を読みましたが、本書で紹介されているものも今後読もうと思った。

 

 

 

学校の怪談: 口承文芸の展開と諸相

学校の怪談: 口承文芸の展開と諸相

  • 作者:常光 徹
  • 発売日: 2013/09/20
  • メディア: 単行本
 

 

昔話の語法 (福音館の単行本)

昔話の語法 (福音館の単行本)

  • 作者:小沢 俊夫
  • 発売日: 1999/10/20
  • メディア: 単行本
 

 

 カフカのフィクションが、抽象性という昔話・口承文芸の特質を持っているという説明には非常に納得がいった。

 

裏切られた遺言

裏切られた遺言

 

 

 ※ 過去の本メモ

 

the-cosmological-fort.hatenablog.com

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 ◆柔道系

 今度、柔術でようやく青帯になったので、ついでに柔道にまつわる本を買った。

 井上靖の本はかなり読んでいるが、自伝的シリーズは『しろばんば』で止まっていたので最後まで読み切る。

 

夏草冬濤 (上) (新潮文庫)

夏草冬濤 (上) (新潮文庫)

  • 作者:靖, 井上
  • 発売日: 1989/06/09
  • メディア: 文庫
 
夏草冬濤 (下) (新潮文庫)

夏草冬濤 (下) (新潮文庫)

  • 作者:靖, 井上
  • 発売日: 1989/06/09
  • メディア: 文庫
 

 

 

北の海(上) (新潮文庫)

北の海(上) (新潮文庫)

  • 作者:靖, 井上
  • 発売日: 2003/08/31
  • メディア: 文庫
 
北の海(下) (新潮文庫)

北の海(下) (新潮文庫)

  • 作者:靖, 井上
  • 発売日: 2003/08/31
  • メディア: 文庫
 

 

七帝柔道記 (角川文庫)

七帝柔道記 (角川文庫)

 

 

 ※ 参考

 

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 ◆佐藤優の旅行本

 東欧・ソ連の旅行に関する本が出ているということで読み始めた。

十五の夏 上 (幻冬舎文庫)

十五の夏 上 (幻冬舎文庫)

 
十五の夏 下 (幻冬舎文庫)

十五の夏 下 (幻冬舎文庫)

 

 

 昔、佐藤優の『獄中記』、『国家の罠』を読んで、外務省に入りたくなった。しかし、必要な学歴や学力がなかったので、戦闘力と筋肉で国際交流したいということで自衛隊に入った。

the-cosmological-fort.hatenablog.com

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 佐藤優だけの影響ではないが、私がいままでに旅行した国の半分以上が旧ソ連圏と中国である。

 

 その他、旅行の重要性を教わった本は以下のとおり。

 

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『岸信介』原彬久 ――岸についてのまとまった説明

 岸の功罪について考える。

 

・戦前は国家統制、国家主義を推進し、関東軍とともに満洲国経営を主導した。また太平洋戦争時、指導者の1人だった。

・一方的な駐軍協定だった安保条約を、保護的内容に改定しようと試みた。

・その過程で強行採決等を行ったため、強権政治の印象が強まった。

 

 安保法改定について……

 国の主権維持のためには軍事力は必要であると考える。

 

 しかし、軍事力がコントロールを失い破局に見舞われた歴史が、日本人に対して軍事力への強い忌避を植え付けた。

 岸の提唱する日米の双務性強化は、日本の軍事力強化を意味したため、東條内閣の一員であった岸の軍備増強策に国民の多くは反感を抱いた。

 被占領体制からの脱却のために軍事力を強化した先の進路も1つではない。日米の双務性を高めるのが良かったのか、あるいはより中立主義的な方向にいくのが良かったのか。

 表面上の双務性は確保されたものの、今現在も日本の隷属的な地位は変化していない。

 

 戦争責任について……

 後に決裂したとはいえ、後の東條内閣の閣僚として戦争指導に加担したことは否定できない。

 満洲国経営は、侵略と傀儡国家経営への加担である。

 

 憲法改正について……

 自衛隊憲法の矛盾した関係が、憲法の拡大解釈や憲法無視を許すようになってしまったと考える。また、司法の独立性が担保されておらず、違憲判断は政治に従属する。こうした点から私は憲法改正を否定しないが、その方向性はおそらく岸の目指すものとは全く異なる。

 本書によれば岸は国家社会主義、統制主義的な傾向があったというから、目指す国家像もおそらくそのようなものだろう。

 

 まとめとしては……

・冷戦のために米軍から不起訴処分を受けたとはいえ、岸の戦争責任は間違いなく存在する

・国家の主権を取り戻すために防衛力を強化した一方、米国に対する従属性を払しょくすることはできなかった。

・岸の目指す国家観は統制主義的・国家主義的であり、戦前の社会や満洲国を範とするものである。

・政治資金集めに関して非常に巧妙だったというが、金や汚職をめぐる政治家の悪習に対する反省や懸念等は、全く感じられない。やって当然のことという態度が評伝の端々から感じられる。

 

 

  ***

 1 生い立ち

 岸信介は1898年に生まれた。曾祖父の信寛は吉田松陰伊藤博文とも交流があり、維新にも関わった地方の名士だった。

 佐藤家は教育熱心であり、岸は岡山中学、山口中学でほぼ全期間首席を維持した。

 岸は吉田松陰の思想――「君臣一体」の皇国思想から強い影響を受けた。

 

 ――岸における立志の野心は、佐藤一族が放つ教育への熱気と、一族に伝わる長州の維新的、革新的思潮によって確実に発酵されていくのである。

 

 

 2 国家社会主義

 岸が東京帝大にいたのは第1次大戦後であり、米騒動、国民経済の悪化、ストライキ社会主義国家主義などの勃興など、大きな社会変動の最中だった。

 岸は国粋主義者上杉慎吉の影響を受け木曜会に加入した。

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 思想的影響:

 北一輝の国内改造・対外膨張国家主義

 大川周明の大アジア主義

 また、大川・北を通して、間接的にマルクス主義の影響も受けているという。岸は統制・計画経済や社会保障に取り組むことになるが、この点には社会主義との親和性がみられる。

 

 

 3 官僚時代

 東京帝大卒業後、岸は農商務省に就職した。

 

 ――岸は、農商務省入省から満州国を去るまでの19年間というもの、一貫して日本の国権拡大と軍国体制強化に力を注ぐと同時に、みずからをその渦中に埋没させていったのである。

 

 ドイツを研修し、経済産業を学んでからは、国家主導の統制経済こそが日本のとるべき選択肢だと考えるようになった。これは産業合理化運動として浜口内閣で採用された。

 一方アメリカに対しては、日本は到底国力の点でかなわないということを痛感し、対米戦争は不可能であると感じた。岸のアメリカに対する対抗意識はこの時代に芽生えたという。

 ソ連に対しては、五カ年計画から直接的なヒントを得た。

 岸は権力志向だが、浜口内閣の官僚減俸運動には反対した。

 

 ――つまり岸の反権力は、それがみずからの権力培養に応用されてしまうという意味では、自身の権力主義と何ら矛盾しないのである。

 

 岸とその上司吉野信次は臨時産業合理局において国家統制の強化、コスト低下にまい進した。

 2回目の訪独後に書かれた国家統制論は軍部に肯定的に迎えられ、以後岸と軍部の蜜月が続くことになった。

 昭和11年に商工省を辞職し満洲にわたるまでに、岸は重要産業統制法の制定、各工業のカルテル化、あらゆる産業への国家統制を推し進めた。それは軍部の統制論とも共鳴するものだった。

 

 

 4 満洲

 満洲国における勤務を通して岸は人脈を広げ、政治家になるための基盤を確立した。

 満洲において実権を握っていた「2き3すけ」……星野直樹東條英機岸信介鮎川義介松岡洋右のうち、東條と星野以外は親類である。

 岸は親戚である鮎川に働きかけ、日産を満洲国に移転させることに成功した。また、産業界に対する国家統制を提唱し、関東軍や当時参謀総長だった東條からの信頼を得た。

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 岸は関東軍との癒着を進めるとともに、推定では、アヘン貿易で手に入れた資金を利用し勢力を拡大した。

 

 岸の濾過器論について。

 

 ――……いかにして資金を得るかが問題なのだ。当選して政治家になった後も同様である。政治資金は濾過器を通ったものでなければならない。つまりきれいな金ということだ。濾過をよくしてあれば、問題が起こっても、それは濾過のところでとまって、政治家その人には及ばぬのだ。そのようなことを心がけておらねばならん。

 

 

 5 終戦まで

 昭和14年、阿部内閣のとき商工次官に任命され、国家統制強化に取り組んだ。

 東條内閣では商工大臣を務めたが、やがて東條と対立するようになった。真珠湾攻撃にいたるまでに、日米交渉は続けられていたが、帝国国策遂行要領は、交渉がうまくいかない場合は武力行使を行うと決めていたため、戦争を避けることができず自縄自縛に陥った。

 岸は、米国の力を知っていたため、日米開戦には反対だったという。

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 6 戦犯

 GHQに対しては、東條と対立した経緯を強調することで訴追を免れようと試みた。

 岸の獄中日記……訴追か釈放かの間で、シャバへの執着に揺れる心情を吐露している。

 

 ――……今次戦争における日本側の「正当防衛」を主張し、みずからに理あるところを立証したいというのが岸の立場であった。したがって、岸が太平洋戦争を反省することなどありえない。もし反省があるとすれば、それはただ一点、「敗戦」そのものにたいする反省である。

 

 岸は東京裁判を勝者の報復であるとみなし、対日占領政策そのものに反感を抱いていた。

 しかし、その後岸が首相として日米関係を主導していったことを考えると、この人物の行動原理は、「反米」のように単純なものではない。

 冷戦の勃興は、岸自身の復活のチャンスであるとともに、「統制と秩序」の国家日本が再起するチャンスでもあった。

 

 やがて岸の思考は、日本が反共の障壁として米軍の下で義勇兵を派遣すべき、という方向に展開していった。

 

 A級戦犯起訴・不起訴の最大の分岐点は、開戦前の日米交渉に関連して大本営政府連絡会議、昭和16年の御前会議に出席したかどうかだった。

 岸は御前会議に出席していたが、GS(民政局)とG2(治安・情報担当)との抗争を通じて、反共のために利用できるとしてウィロビーらに注目されるようになった。

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 7 55年体制の結集

 岸は昭和23年12月に釈放された。

 

 昭和27年4月28日 対日講和条約発動

 再建連盟……保守と社会党右派の結集、日米連携、反共を掲げるが失敗

 昭和28年、自由党から出馬し当選

 

 保守本流保守傍流……鳩山一郎吉田茂日本自由党の流れを汲む保守本流と、進歩党と国民協同党らの一部からなる、芦田派を代表とする保守傍流

 

 29年から30年にかけて、保守合同が進められ、自由民主党が結成される。

 自由党内で岸は「反吉田」運動を石橋湛山芦田均らとともに主導し、鳩山派を支援した。鳩山、岸らは昭和29年、日本民主党を結成した。

 鳩山、岸らは吉田政権の「被占領政治」からの脱却を志向していた。

 

 ――「ワンマン」と称された吉田の権威主義に対して、鳩山はつとめて「庶民宰相」を演出し、一種の鳩山ブームを巻き起こした。その政策も、吉田の「対米追従外交」には「対中ソ国交回復」をもって、吉田の「改憲慎重」論には、「憲法改正」論をもって対抗するといった具合である。すなわち「独立の完成」の具体化であった。

 

 その後、反共の砦、米の同盟国となるための保守合同の必要性を訴えた岸らにより、昭和30年、自由民主党が誕生する(55年体制)。

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 8 権力の頂点

 石橋内閣の外相となった岸は、首相急死後臨時首相代理となった。かれが据えた目標は日米安保体制の合理化だった。

 重光・ダレス会談において、アレン・ダレスは日本の防衛力増強と海外派兵制限解除が重要であると言った。岸ら保守政治家はこの会談から大きな影響を受けていた。

 岸の交渉相手であるマッカーサー駐日大使も、アイゼンハワー大統領に対し、「現在の日米体制のまま反米感情を増大させることは、日本の中立主義への移行につながる」として改善策を提案した。

 

 ――つまり岸は、単なる「駐軍協定」としての旧条約を双務的な防衛条約に改めることによって、吉田が果たそうとして果たせなかった「対等の協力者」としての日本を今度こそアメリカに認めさせなければならないこと、しかもそのためには、この東南アジア訪問によって「アジアの盟主」としての日本をアメリカ側に了解させなければならないと考えたのである。

 

 日本の在日米軍防衛、米軍の日本防衛を双務とした協定案が締結されるかに思われたが、反動的な「警職法改正」に対する反対運動をきっかけに岸の自民党内の基盤は弱体化し、日米協定そのものも延期となった。

 安保改定日米交渉は昭和35年1月に終結した。

 しかし、国会での承認をめぐって野党、党内反岸派、デモ団体による反対運動が起きた。岸は6月のアイゼンハワー大統領訪日に合わせた承認を目指していたが、デモの激化、樺美智子の圧死等治安問題から、アイク訪日を見送り、同時に自らも退陣を表明した。

 条約自体は、6月に自然承認となった。

ja.wikipedia.org

 

 

  ***

 エピローグ

 独立と対等を目指した岸の日米安保改定の評価……

・第三国の在日基地権を削除

・米軍による内乱鎮圧権(内乱条項)削除

アメリカは日本本土を防衛し、日本は在日米軍基地を防衛

アメリカは極東平和のために在日米軍を使用可能、日本は事前協議が可能

 

 岸は日米の双務防衛を目指していたため、新安保の不完全さを理解していた。

 退陣後も岸は政界に影響力を持ち、また憲法改正への執念を持ち続けた。

 岸は、田中角栄を評してカネ集めに不用心であると言ったが、彼自身はより巧妙に資金洗浄を行い、FX選定などで何度も疑惑を取りざたされながら一度も訴追されなかった。

 

岸信介―権勢の政治家 (岩波新書 新赤版 (368))

岸信介―権勢の政治家 (岩波新書 新赤版 (368))

  • 作者:原 彬久
  • 発売日: 1995/01/20
  • メディア: 新書
 

 

 ◆参考

 

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『ハッカーと画家』はおもしろかった

 プログラミング言語ハッカー(優れた開発者)に関する話題だけでなく、現代の子供社会、芸術一般に関する話もおもしろい。

 経済システムに関する著者の考えは、いわゆる「リバタリアン」に分類されるものである。

 

 

ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち
 

 

 ◆子供の学校

 日本よりも過酷とされる、アメリカの学校いじめや階級制度について。

 

 問題は、子供が自分たちで作る世界は最初はとても残酷な世界だということだ。11歳の子供たちを好きにさせておいたら、そこにできるのは『蠅の王』の世界だろう。他の多くの米国人の子供と同じように、私もこの本を学校で読まされた。もしかするとこれは偶然じゃなかったんじゃないか。私たちは野蛮人で、自ら残酷で愚かな世界を作り出したんだと誰かが知らせたかったんじゃないか。

 この本は私には難しすぎた。確かにありそうな話だとは思ったが、それ以上のメッセージを得ることはできなかった。僕らは野蛮人で、僕らの作った世界は馬鹿げている、そう誰かがはっきりと教えてくれたらよかったのに。

 
 問題はアメリカの子供たちが何もすることがなく、自分たちで閉じた蠅の王の世界を作れる環境にある。

 近代以前の子供は、何かの仕事の見習いであり、子供たちの世界を勝手に作ることは許されなかった。

 

 現代アメリカの学校は、労働能力のない未熟な人間を閉じ込めて管理しておく刑務所となっている。
 学校生活の2つの恐怖、残酷さと退屈さは同じ根源から生まれていた。

 

 

 ◆アメリカ人とハッカー

 ハッカーは大抵、不服従で天邪鬼である。かれらが知的財産保護に反対するのは、それが知的自由に対する脅威になりえるからである。

 コンピュータの発展は、ほとんど部外者が担ってきた。

 

 正当なルール破りやジョーク、自由の擁護という点で、ハッカーは誰よりもアメリカ的である。一方、愛国心ある政治家の言葉は、トマス・ジェファソンやワシントンよりはリシュリューマザランを想起させる。

 

 ジェファーソンは次のように書いた。

 

 政府への反抗の精神は、ある種の状況では非常に価値のあるものだ。だから私は、そのような精神が常に保たれることを望む。

 

 

 ◆格差について

 富は分配されるものでなく、創らなければならないものである。

 原則として、富の格差は技能の格差に基づくというのが資本主義・民主主義である。

 

 誰かの仕事がどのくらい価値があるのかは、政府の方針の問題ではない。それはすでに市場が決めていることだ。

 

 アップル社は、スティーブ・ジョブズのかわりに、適当に選んだ100人をCEOとして迎えようとおもうだろうか。

 

 近代以前、富を増やす方法は、征服、強奪、支配、奴隷、結婚などだった。

 工業化以前や第三世界では、汚職や収奪、支配が富を得る手段だった。

 現代社会では(理想的な環境に限っての話だが)そうではない。

 

 ジョブズやウォズニアック(Appleの創業者)が裕福になったことで、だれかが貧しくなったわけではない。むしろかれらの開発したコンピュータは人びとの生活を向上させた。

 

 技術の進歩に伴う格差の拡大は、一方で人びとの生活を平等化していく。だから、差別化のためにブランドがもてはやされる。

 収入格差がまったく開かない社会は、おそらく不健全な社会である。

 ジョブズがソフトを開発しても、レストランのアルバイトと同じ給料しか受け取らない社会である。

 

 

 ◆創作活動とは

 特定のユーザーを想定すること。常にユーザーを考えること。

 

 ジェーン・オースティンの小説がよい理由の1つは、彼女が作品をまず家族に読んで聞かせたからだ。だから彼女は自己満足的な芸術ぶった風景の描写や、もったいぶった哲学的考察に堕ちることが決してなかった。

 

 そこらにある「文学」小説を開いて、自分の書いたものにふりをして友人に読み聞かせるところを想像してみたまえ。きっとそれがどれだけ読み手の負担になることか感じられるだろう。

 

 芸術もソフトウェアも、とにかく荒いプロトタイプのスピード生産改良によってつくられていく。

 

 もし何かを描いてきて飽きてきたら、画も退屈なものになるだろうと。