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The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『The Bridge on the Drina』Ivo Andric ――ボスニアの一地方をめぐる歴史物語

 ボスニア出身の作家アンドリッチの代表作。

 『ドリナの橋』という邦訳が出ている。

 トルコ、オーストリアと大国に翻弄される人びとの長い歴史を題材にしている。

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 1571年、ヴィシェグラードVisegradを横切るドリナ河に、オスマン帝国の宰相(vezir)メフメット・パシャ・ソコリは、橋を建設するよう指示する。

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 橋の建設の由来から始まり、数世紀にわたる人びとの生活、橋をめぐる事件等が描かれる。

 ヴィシェグラードは西洋と東洋の境目にあり、キリスト教徒(セルビア人)とトルコ人(あるいは改宗者)が常に混住してきた。

 物語にあるとおり、住民は皆陽気だった。かれらは、橋の広場(Kapia)に集まり、よく談話した。

 しかし、戦争や反乱といった危機は、人びとの生活を破壊し、精神を変質させる。

 陽気な村人たち、酒を飲むトルコ人、若者たちの交流、洪水をめぐる住民の団結等、牧歌的な光景が見られる一方、橋の歴史には常に流血と暴力がつきまとう。

 

  ***

 当初、橋の建設を担当したのは無慈悲な棟梁アビダガabidagaとその石工たちである。かれらは、周辺から徴用してきた労働者や、キリスト教徒の奴隷yarahを酷使して、建設を進めた。

 ところが、何者かが建設を妨害していることがわかり、棟梁は部下に捜査を命じた。

 夜な夜な橋を破壊していたセルビア人の男ラディサフRadisavは、棟梁の手下に捕らえられ、拷問ののち串刺し刑(Impalement)にされた。

 串刺しを行うのはジプシーである。ジプシーは、トルコ人の下手人として度々登場する。

 処刑の様子が非常に具体的に書かれており、強烈である。セルビア人は生きたまま台に縛り付けられ、ジプシーは男の肛門付近を切り裂き、先端に綿をくくりつけた棒を挿入し、内臓を傷つけないようどんどん刺し入れていく。肩の横を刃物で切開し、串をそこから貫通させ、最後に磔にする。

 セルビア人は一昼夜生き続けるが、かれは「トルコ人は橋の上で犬のように死ぬがいい」とうめいたという。

 ラディサフの屍体はセルビア人によってこっそりと埋葬され、やがて殉教者、トルコ人に対する抵抗の象徴となった。

 

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 時代が変わっても、橋は変わらずに存在し続けた。

 

 19世紀の前半、セルビア人の反乱が発生したときには、トルコ軍は歩哨所を橋に設置し、セルビア人を捕まえては斬首しさらし首にした。

 やがてオスマン帝国が衰退し、政治的な変化がやってくる。

 オーストリア軍が、トルコに代わってボスニアを統治することになった。

 トルコ人の軍人は抗戦を呼びかけるが、ヴィシェグラードの人びとは「愚かしく死ぬよりも、愚かしく生きること」を選び、蜂起に対してまったくやる気をみせなかった。

 オーストリア統治は、ヴィシェグラードの社会を変えた。東欧から移民がやってきて、街の様子は変化していった。

 さらに、近くに鉄道が敷設されたことで、橋の意義は徐々に薄れていった。

 

  ***

 バルカン戦争や、政治運動の盛り上がりを経て、最終的に第1次世界大戦に至る。

 セルビア人住民は、敵性民族として今度はオーストリアから迫害を受けることになった。セルビア人の農民は、スパイの疑いを受けて、裁判なしに処刑された。

 やがて、ドリナの橋をまたいで両軍の砲撃が始まり、住民は逃げ出した。物語は、トルコ人の老人が砲撃によって壊れた橋を目撃し、自身も絶命するところで終わる。

 

  ***

 人びとは戦争や反乱といった巨大な渦の前では無力である。かれらは暴力に目覚め、お互いに殺し合い、屍体を橋にかかげる。

 本書の大部分はオスマン帝国統治時代を題材にするため、迫害を受けるのは主にセルビア人である。

 

 しかし、1992年から始まったボスニア紛争で、ヴィシェグラードに起こった出来事を考えると、アンドリッチのこの作品は、まるで未来を暗示しているかのようである。

 

 以下、Peter Maassの"Love Thy Neighbour"によれば……
 内戦が勃発すると、セルビア民兵がヴィシェグラードに侵入し、ボスニア人(ムスリム)を追い立てた。

 ボスニア人は拷問された後、ある者は射殺され、ある者はのどをかき切られた。民兵は屍体をドリナの橋から投げ捨てた。屍体の中には、指が4本ちぎれているものもあった。

 1000人以上におよぶ虐殺と民族浄化の結果、現在ではヴィシェグラードは、ほぼセルビア人のみが住む自治体となっている。

 

The Bridge on the Drina (A Phoenix Book ; P746)

The Bridge on the Drina (A Phoenix Book ; P746)

  • 作者:Ivo Andric
  • 出版社/メーカー: Univ of Chicago Pr
  • 発売日: 1977/08/15
  • メディア: ペーパーバック
 

 

ドリナの橋 (東欧の文学)

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