うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ロシアン・ダイアリー』アンナ・ポリトコフスカヤ その1 ――権威主義体制の国/服従したい・子供扱いされたい人びと


 著者は2006年10月に何者かに射殺された。

 

 ◆所見

 プーチンの2004年大統領選から2005年8月までのロシア情勢を記録した本。生まれかけた民主主義が消え、不正と暴力、無気力に社会が包まれる様子を描く。

 人びとの一部は不満を感じているが、自分で動くことはあまりなく、また野党も頼りない。

 

 著者の思想の根底にあるのは人権と自由、また三権の分立である。また、ロシアの防衛に貢献する軍人たちに対しても敬意を表明している。

 このような統治を許してしまった責任は、国民にも科せられる。不満や批判を行動に移さなければならないのは、まずは一人一人の国民である。

 

プーチンは時折民主主義的、自由主義的な言葉を口にするが、やっていることは正反対である。

・ロシア国民はソ連崩壊時に味わった民主化・経済自由化のショックから、民主主義に対して幻滅を感じた。このため、プーチン権威主義政策をそのまま受け入れてしまった。

・政権や治安当局、地方政府を批判することの危険性……雇われたギャングによる襲撃、誘拐と拷問、射殺、不当逮捕

チェチェン紛争は様々な社会不安と人権侵害の温床となっている。それはチェチェン人だけでなく、ロシア社会にも浸透する。

 

 

  ***

 1 2003.12~2004.3

 プーチン大統領の再選をめぐるロシア社会の様子を記録する。

 ソ連崩壊後に導入が試みられた民主主義は既に消滅しつつあり、三権分立の制度も機能していない。

 

 著者はプーチンに対し大変批判的である。プーチンは狡猾であり、政敵の懐柔を行い、汚職不正やチェチェンでの暴力を黙認する。

 最大の問題はロシア国民がプーチンにすべてを委任していることである。民主主義や人権、法の支配といった価値観を、市民が自ら放棄していく様子が詳しく描かれる。

 

 ――民主派候補の欺瞞と傲慢を嫌い、ロシアはむざむざとプーチンの前にひざまずいたのだ。多くの人が、唯一の政治綱領がプーチン支持という、政党とは名ばかりの統一ロシアに投票していた。

 

 下院選は与党である統一ロシアの圧勝であり、そのほかに共産党自由民主党ジリノフスキーの極右政党)、ヤブロコ(リベラル)、右派連合等が続いた。

 

 ――クレムリンが創設した統一ロシアは212議席を得た。……つまり「1.5大政党制」、政府の腰巾着の大政党と、これと似たり寄ったりの小政党いくつかからなる下院という構図が出来上がったわけだ。

 

 ――選挙後しばらくするとプーチンは、議会とは議論の場ではなく法案を調整する場だ、とまで実際口にするようになった。

 

 ――役人たちはいつでも自分たちに代わって思考してくれる兄貴分を、ひたすら恋しがっていたのだ。……民主派から安心感を得られないロシアの有権者も、やはり兄貴分を欲しがっていた。

 

 ロシア大統領選……

 茶番劇を薄めるために、プーチンにふさわしい対立候補を立てようとしたが、泡沫ばかりが集まった。

 「プーチンを支持します」と宣言する対立候補が複数いた。

 自由民主党の擁立した候補はジリノフスキーのボディーガードで、読んだ本を1冊も答えられなかった。

 

 投票不正、政府による圧力、賄賂や懐柔により、野党政治家が次々と統一ロシアに吸収された。

 

 左派政党ヤブロコのヤヴリンスキーとの対談。

 

 ――「……あっちこっちで票を水増しし、それを『管理された民主主義』などと呼んでいるわが国のことだ。人びとは諦めてしまっている」

 

 ――1996年以降、ロシアで野党を結成するのはまず不可能になった。第一に、独立した司法が存在しない。反対勢力は独立した司法に訴えることができなければ成立しない。第二に、独立した国内メディアがない。むろんテレビの話であり、主に第一、第二チャンネルのことだ。第三に、まとまった資金を提供できる独立した機関がない。こうした基本的な三要素が欠けている以上、ロシアで野党を創設し、維持しろというのは無理な相談だ。

 

 ――今のロシアに民主主義はない。

 

 いわく、ロシアの民主主義は死んだ。政府の立法と行政機関が癒着し、ソヴィエト体制の焼き直しをもたらし、下院はプーチンの決定を追認する機関となった。

 また、選挙結果をロシア国民が容認してしまった。かれらは民主主義なしで生きていくことに同意した。

 

 国内では自爆テロや爆弾テロが頻発しているが、中にはFSBの自作自演と思われるものがある(モスクワ連続爆破事件、リャザン事件等)。

 

 プーチンは、人権活動家を呼んで意見を開陳させたり、市民の不満に回答するテレビ番組に出演したりして、理解ある顔を見せる。そうして何もしないのがかれの戦術である。

 かれはチェチェン問題を完全に無視する。軍の犯罪を訴追しているが判決にまでいたる案件はほぼない。

 

 ――テレビ討論会を選挙前という文脈から眺めると、12月18日時点のプーチンの政治綱領は、貧困との戦い、憲法の遵守、多党体制の確立、政治腐敗との戦い、対テロ対策、住宅ローンの整備ということになる。バーチャルなスローガンを掲げたバーチャルな大統領は、いったいどれだけの課題を実現するつもりでいるのだろうか。

 

 新興財閥のオリガルヒであるホドルコフスキーはプーチンの宿敵であり、不法な長期拘留を強いられている。国民も、西欧資本に騙された自由化の恨みから、プーチンの処置に満足していた。

 

 ――ロシアでの反対派の生命はまず何よりも言論である。

 

 ――もっと良い生活を送りたいと考えないこともないが、そのために闘うのはごめんだ。上から与えられるものを待つとしよう。与えられたものが抑圧ならば、それに甘んじるまでだ。

 

 チェチェンコーカサス諸国では、治安機関や軍による誘拐や拷問が続く。

 リャザン事件での自作自演疑惑や、ノルド・オストでの治安機関による突撃とガス弾投下に関する公開質問状は、完全に無視された。

 

 戦死した特殊部隊員をめぐる国賠訴訟について……

 

 コーカサスでは国防省軍、FSB、内務省軍同士で折り合いが悪く、お互いに物資装備や弾薬を融通することは全くない。それどころか、各軍の高級将校たちは自分たちの栄達のために、部外の兵隊を人柱・見殺しにした。

 

 ――唯一問題とされるのはプーチンに対する忠誠心だけだ。かれに献身的に尽くすならば特権が与えられ、人生におけるあらゆる成功と失敗とに対して免罪符を授けられる。

 

 1月、氷点下の飛行場や倉庫で数日間待機させられた新徴集兵80人以上が肺炎で入院し、1人が低体温症で死亡した。

 

 ある一等兵が自殺したために棺桶に入れられ実家に送られた。ところが棺を開けたところ凄惨な拷問の跡があったため、親は軍を訴えた。しかし真相はわからなかった。

 

 ――我が国の民主主義は衰退していくばかりだ。……すべてはプーチンに任せきりだ。権力はこれまでにないほど集中し、役人たちは主導権を失っている。……これがロシア人好みなのだという事実は否定のしようもない。となればプーチンは遠からず人権擁護家の仮面をかなぐり捨てるだろう。もう、そんなものは必要ないからだ。

 

 ――「かまびすしい下院に用はない」

 

 ――この国は病んでいる。人びとは父権主義に染まっており、それがためにプーチンは何をしても許されるし、ロシアに君臨できるのだ。

 

 政党を設立した「兵士の母の会」について。
  ***

 

 [つづく]