オックスフォード大教授、1919年初版の、法律入門書。
著者のヴィノグラドフはロシア人だが、帝政ロシアにおいて当局と衝突を繰り返したため、主にイギリスで活動した(最終的に帰化した)。
法律とは何かが簡潔にまとめられている。
調べたところAmazon.comやAmazon.co.ukではほとんど流通していないようだ。日本ではいまだに岩波文庫が出版しているという点が興味深い
***
1 社会規範
法の知識は、法に関係するすべての市民にとって重要である。社会の構成員は世論形成に参加するが、世論は法を生みそれを変更する最大要因の1つである。
法一般の目的と手段を理解し、法の形成・運用過程を洞察することが、法律上の問題を論ずるうえでは不可欠である。
――……法が、社会秩序および社会的交渉を確保する行為規範(Rules of Conduct)の1つとしての地位を占めるものであることは明瞭である。したがって法理学は、いわゆる精神(Moral)科学の部門に属する社会科学の1つということになるのである。
法の目的の第一は、人々に行為についての規範を与えることにある。
法的義務は、最大の強制力を持つため、流行、慣行、道徳規範よりも強力である。
――このようにして、法がその要素の1つとして、正義という道徳的性質に相応する正の観念を明らかに含んでいる限り、法を道徳からきりはなすことのできないのは疑いをいれない。
しかし、法は道徳と正義以外の無数の目的:国益、階級勢力、政治的能率などが含まれる。法的義務とは、厳格で強制的な性質を持つ戒律である。
***
2 法規範
法規範は、強制的な(Compulsory)行為規範であり、命令(Order)と制裁(Sanction)からなる。
その権限は、主権者に由来する。この考えはホッブズによってもたらされた。
法自体は、いかなる政治体制においても効力を持つ。
同時に、法は承認と合意によって成立する。国際法や民法のように、強制力の点で不完全であっても、法は法である。
ーーあらゆる法体系において、正義と力との間には、一定の均衡が保たれなければならない。したがって、もっぱら国家による強制のみを基礎として法を定義することは不可能である。
なぜ人は法に従うのか?
・カント:自由を実現
・イェーリンク:利益の限界付け
・著者:社会的交渉において、人と物とに対する力の帰属とその行使とを制限し、力を配分する。
それは社会の成立のために意志を制限し、力を配分する。
あらゆる社会共同体は法が不可欠である。それは人々の行為(Conduct)に対するもので、内心や信条に対してではない。
もっとも法は、「行為を律するために、しかし行為に影響を及ぼすかぎりにおいて」、意思と精神を考慮の対象とする。
――法は明白に、道徳と区別される。法の目的は個人を、組織された社会の意思に服従せしめることであり、これに反して道徳の傾向は、個人を、個人自身の良心の命令に従わしめることである。
***
3 法的権利と法的義務
ラテン語、その派生語では、法と権利は同一語である。
――権利とは、法の定める社会秩序のなかで、特定の意思に割り当てられた効力の範囲である。
権利の類型
・人格的(Personality)権利
・財産権(Property)
・国家の権利すなわち国民の義務
権利は人を対象とし、法人もまた人とみなされる。
個人がその人格に対して持つ権利は、生命、名誉、名声、行動、言論、良心の自由に対する権利であり、世界一般が義務を負う。
続いて、公法が示す限りにおいて、社会なり国家なりが義務の主体となる。
***
4 法的事実と法律行為
われわれは、現実の生活から証拠を見つけ、法律事実をみいだす必要がある。
法律事実は、証拠法則や法の推定等により、しばしば一般的な事実とは異なる性質を持つ。
――……法規範は、通常は、はっきり合理的といえる目的に役立つものではあるが、ある場合には、現に考察している事件の本当の真実をあいまいにしてしまうこともあるのである。……なぜならば、法は……例外的な状況を解決することができなくても欠陥とはいえないからである。
法は近似値を求めるものである。
しばしば法規範は、われわれの道徳感情と一致しないことがある。
法律事実の2つの面:現実から抽出されること、また規範を適用し、権利義務とを創設し変更するための条件としての働きをすること。
法律行為とは、人が権利を設定、変更、廃止、移転することをいう。
法律行為には片務的なもの(遺言、贈与)と双務的なもの(契約、売買など)とがある。
法は、その目的が明らかに不道徳であるような契約は一切の効力を認めない。
法律行為は人の自由意志に基づく。
[つづく]