◆ゆく移民、くる移民
タイトルは北原白秋「この道」から抜粋したもの。
日清・日露戦争、第1次世界大戦と日本が台頭するにつれて、アメリカ合衆国における排日運動は強まっていった。
「日本人は他の民族にくらべてアメリカに同化しがたく、危険な民族である。かれらは人種的に非情な誇りをもっており、その国家的観念をなくしようとは少しも考えず、アメリカへきたのは、かれらのほこる大和民族をこの地に扶植しようとするにある。したがって白人のように国際結婚をしようとはせず、同化はおこりえない。日本人がアメリカに同化することをさまたげているのは、経済面では婦女子の労働、低賃金、アメリカの休祭日を無視する労働、低い生活水準であり、その結果として白人労働者が圧迫される。人口問題では出生率の高いこと、帰国迎妻、写真花嫁の渡来、思想方面では忠君愛国、軍国主義、その他日本語学校、仏教会、日本人会、二重国籍の存在など、いずれも同化をさまたげるものである」
(『日本残酷物語4』)
19世紀に大量に生まれた日本人売春婦や娼婦について。
いっぽう、横浜はそこに集まってくる労働者や外人を相手の売春婦がぐんぐんふえていって、明治10年代には、3000人をこえるほどになったというが、そういう女たちが海のかなたへこぼれ出はじめたのである。
最下層の人びとは、密航しなければならないような貧しさのなかに追いこめられていた。
おびただしい娘子軍の南方進出も、また口入屋の口車にたやすくのせられたのも、その金ほしさであり、娘たちにしてみれば父や母の窮迫が見ておられなかったのである。
幕末から明治にかけて、ハワイ、グアム、フランス領ニューカレドニア、フィリピン、南米諸国など様々な場所への移民が行われた。その大半は、いかがわしい会社や周旋業者が関わっていた。
――金が欲しくなけりゃベンゲットへ行け 金が欲しくなけりゃマラバトへ行け
10時間働いて日給1ペソ25セントといえば、フィリピン人労働者の2.5倍、それにいくらでも仕事はあるという移民周旋業者の言葉に、われもわれもとやってきた日本人労働者がぶつかった悲惨な生活を暗示したものだ。
◆先住民族
アイヌの先住民族認定と新法制定がニュースで話題になっているが、かれらは千島・樺太地域にもかつて住んでおり、北方領土問題にも関わっている。