うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『私は負けない』村木厚子ほか ――検察の犯罪:冤罪でっちあげと証拠改ざん

 ◆概要

 障害者団体用郵便料金制度の悪用に絡む、大阪地検による冤罪事件とその後の証拠改ざん事件に関して、当事者となった厚労省官僚が回想・説明する本。

 村木氏は大阪地検の見立てによって首謀者に仕立て上げられ、虚偽の自白を迫られた。

 本書は、検察による異様な取り調べや司法制度の欠陥、冤罪の生まれる土壌について問題提起する。

 

 事件の実態は、業務で追い詰められた村木氏の部下が、課長の公印を無断で使用し悪質団体に証明書を発行したというものである。

 検察はこの事件を、「民主党議員とキャリア官僚が、ノンキャリアに汚い仕事をやらせようとした」というストーリーに仕立てようとした。

 後半では村木氏の配偶者や、周防監督、公印無断使用の張本人である上村氏のインタビューも掲載されている。

 

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 ◆経緯

 障害者団体「凛の会」は、障害者団体向け郵便料金割引制度を悪用し、ダイレクトメールを格安で発行しようと考えた。

 団体は、証明書の発行を担当者である上村氏に催促した。証明書発行のためには、課長である村木の決済が必要だった。しかし上村氏は異動間もない時期で不慣れなこともあり、業務で追い詰められたため、合議と決済の手続きをせずにこっそり証明書を出してしまおうと考えた。

 かれは朝早く出勤し無断で課長公印を使い文書を作成、直接「凛の会」に手渡した。

 数年後、「凛の会」の不正な制度利用が明らかになると、大阪地検はこの事件を、「民主党議員石井一がキャリア官僚村木に命じ、村木がノンキャリア上村に命じた」というストーリーで起訴することに決めた。

 取り調べの過程で多くの厚労省職員が虚偽の自白を迫られ、検察が作成した調書にサインをさせられた。村木氏は事実ではないとして反論したため、長期間拘留されることになった。

 検察は事実の収集には関心がなく、石井一議員と「凛の会」役員が面会した、という事件の発端となるはずの日付さえでたらめで、裏取りもしていなかった。

 その日に議員が「凛の会」役員と会ったかどうか、実際に議員事務所に問い合わせたのは、裁判が始まってからだったという。

 その後、検察のシナリオに合致しない証拠が次々と出てくるが、かれらは自分たちの筋書きに不利な証拠を開示しなかった。また、フロッピーディスクの更新日時がストーリーと矛盾するためにそれを書き換えた。

 村木氏と弁護人たちが無罪を勝ち取った後間もなく、フロッピーディスクの改ざんがマスコミにリークされ、大阪地検に所属する3人の検事が逮捕された。

 逮捕された検事たちは驚くべきことに、自分たちが受ける取り調べ過程の可視化を希望した。

 

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 ◆問題点

 検察による冤罪・でっち上げの被害を受けた村木氏は、現在の司法制度の問題点をあげる。

・取り調べの可視化

 取り調べでは、検察は自分たちのストーリーを最初から決めており、真実を追及すること、事実を明らかにすることには関心がない。

 かれらは容疑者を精神的に追い詰めることで虚偽の調書、作文にサインさせる。

 精神的に耐えられない者、交渉に慣れていないものは虚偽の自白をしてしまう。

 こうした過程は密室で行われるため、尋問が正当なものかどうかが裁判ではわからない。

・証拠開示

 検察は自分たちに不利な証拠を隠しておくことができる。また、被告や弁護人が開示を請求した場合は反対する。

・身柄拘束

 「人質司法」とは、検察の言う通りにしない場合に身柄を拘束されることをいう。精神的な圧力をかけることで検察は容疑者の証言を操作することができる。

 

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 ◆NKVD?

 単純な疑問は、「事実の追求ではなく裁判での勝利だけを目標とする」という方法で、果たして不正を減らすことができるのかということである。

 検察は自分たちのシナリオを作って無実の人間を犯人に仕立て上げ、裁判では勝利する。しかし、真犯人は逃げてしまい、また事件の根本原因も特定されないままである。

 検察のインセンティブはただ「裁判で勝利すること」、「裁判で負けないこと」のみにあるのであって、犯罪や不正の取り締まりについてはどうなろうとしったことではない、ということだろうか。

 ソ連初期の秘密警察(チェーカーやNKVD)は、冤罪と捏造で容疑者を逮捕・拷問し処刑していたが、かれらには、「正義と真実の追求」ではない別の目的――政敵の抹殺や恐怖による威嚇――があった。

 本来の目的である違法行為や不正の追及を達成するなら、当然、いまのような検察の制度は間違っている。

 「有罪率99パーセント」の旗を掲げて、警察・検察には逆らえないぞと国民を暗に威嚇するのが目的ならそうともいえないだろうが。

 

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 ◆司法制度改革

 2016年に司法制度改革関連法案が成立したが、その内容には賛否両論がある。

 本書では、制度改革審議会に参加した村木氏や周防監督が、一様に失望のコメントを述べている。

・取り調べの可視化

 裁判員裁判対象事件と、特捜部の事件のみを対象とする。これは全事件の3パーセントにすぎない。

 余談として、裁判員制度の目的に「国民の司法への理解を深めるため」とされているが、本来であれば「裁判の公平性を高めるため」でなければならないはずである。裁判員制度は、どちらかといえば広報・教育・啓蒙といった文脈で用いられがちである。

・身柄拘束理由の明確化

・司法取引

・通信傍受法の対象拡大

・証拠開示の拡充

 被告人側が要望した場合、検察は証拠一覧を開示しなければならない。

 

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 ◆変化を阻むもの

 ――ところが、ここに出席されている警察・検察関係者の方たちは、なるべく少ない改革で済むようにがんばるのです。

 

 ――法制審の議論だって、村木さんが無罪になってから2、3年くらいすると事件の印象が薄まって、もう「可視化? まあほどほどでいいんじゃないの」という感じになっていないでしょうか。それが怖いんですよね。検察は国民がこの教訓を忘れること、嵐が過ぎ去るのをしたたかに待っています。

 

 ――人が人を裁く制度が、どういう経緯を経て、今のような形になってきたのか、もっと学ぶ必要があるんじゃないか。人間には限界があって、どこで間違いが起こるか分からない。

 

 ――もちろん、人びとの安全を守ったり、犯罪の摘発は大切です。そのために、通信傍受や司法取引的なことが必要だということも、法制審で議論されています。私は、きちんとしたルールを作り、手続きが透明化されるのであれば、新しい手法を取り入れてもいいと思います。

 

 ――……検察は常に巨悪と戦うことを期待され、また、常に「間違うことは許されない」というプレッシャーの下で仕事をしています。警察もまた同じです。どんなに1人ひとりがモラルを高く保とうと努力しても、こうしたプレッシャーの下、今の制度のままでは、無理な取り調べをし、事実とかけ離れた供述調書をつくり、間違いに途中で気づいても、けっして引き返さない、そんなことがまた繰り返されるでしょう。