うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『The Looming tower』Lawrence Wright その2

 5 奇跡

 ビンラディンは未熟なムジャヒディン……アラブ・アフガン達を率いて、パキスタン国境の山に秘密基地を作った。それは、「オサマ(ライオン)」の名をとって「ライオンの洞窟(the Lion's den)」と呼ばれた。

 かれらはソ連軍に攻撃を加えようとしたが、軍事的に稚拙であり、ある時には、アフガンゲリラから足手まといを宣告された。

 ビンラディンの親友がかれに対し帰国を説得したが拒否された。ビンラディンとその部下たちは聖戦思想に没入していた。

 あるとき、ソ連軍を奇襲し、さらに大規模な特殊部隊の反撃に抵抗し、かれらを撤退させたことが、戦闘員の神がかりをさらに強化した。

 ムジャヒディンとビンラディンの戦功は伝説化された。

 

 6 基地

 ザワヒリはムジャヒディンを通じてビンラディンと知り合い、同志となった。ザワヒリペシャワールで活動するうちに思想を変えていき、暴力を肯定するジハード主義者になった。

 

 破門(takfir, excommunication)は、ムスリム同胞の殺害を正当化する論理であり、エジプト人過激派の国内テロの根拠となった。

 ビンラディンは統率力と資金を、ザワヒリは具体的な手段を持っていた。ザワヒリエジプト人の秘密戦士たちを集め、ムジャヒディンを強化した。

 ソ連撤退後、聖戦の方向性を巡って組織は分裂した。エジプト国内での闘争か、全世界的な闘争か、意見が分かれた。

 ムジャヒディン内ではザワヒリ、アブ・ウバイダ、ファドル博士らエジプト人が力を持った。

 

 アフガンは共産党政府と軍閥同士の内戦となった。ISI(パキスタン統合情報局)とザワヒリらは、ヘクマティヤール(パシュトゥン人、パキスタン人と同族)らの支援を主張したが、アブドゥル・アッザームはマスード(タジク人)への加勢を主張した。

 ビンラディンサウジアラビア情報庁の助言に従い、軍閥の内戦からは手を引いた。帰国後、アブドゥル・アッザームはザワヒリらの爆弾テロにより暗殺された。

 

 7 英雄の帰還

 サウジアラビアに帰国したビンラディンは、アラブ人の中で英雄となっていた。かれの威光は、サウド王家の腐敗を際立たせた。

 政府は過激派をなだめるために、かれらに生活指導や宗教指導を実施させた。

 フセインクウェートに侵攻し、サウジアラビア国境に入りこんだ。サウジアラビアは軍の規模が小さく、イラク軍に対応することは不可能だった。

 ビンラディンら過激派たちは、世俗派のフセインを敵視していた。かれはムジャヒディンを率いてたイラク軍を撃退すると主張した。しかし、治安担当のタルキ王子はこれを拒否し、サウド王家は米軍と多国籍軍を呼んだ。

 

 ビンラディンは自国に異教徒が入ってきたことに衝撃を受けた。また、米軍の到着に呼応するように、サウジ国内で自由化運動がおこった。

 

 8 楽園

 サウジアラビアは、帰還兵と同じく、社会に適応できないムジャヒディンの若者たちを支援し、アフガンに再び送り出した。危険分子を国内から追放するという意図からなされた行為だが、かれらが帰ってきてどんな影響を及ぼすかまでは予測できなかった。

 

 ビンラディンはスルダンのハルツームに移動し、道路などの建設に取り組んだ。当時クーデタで権力を握っていたイスラム民族戦線の扇動者、ハサン・トゥーラビーが、アルカイダをかくまった。

 かれはハルツームで、家族、50人以上の若者と幸せに生活した。ムジャヒディンたちは建設作業員となっていた。その間、聖地に踏み入り、イスラエルを支援し、腐敗した文明をもたらすアメリカと戦う計画を練っていた。

 ハルツームには、多くのサラフィー主義者と危険な組織が終結していた……ザワヒリのジハード団、シェイク・オマル・アブドゥル・ラフマンのイスラミック・グループ、ハマス、アブー・ニダル組織、ヒズボラ、カルロス・ザ・ジャッカルなど。

 

 アルカイダのアブー・ハジェルは、サラフィー派の思想家イブン・タイミーヤを引用し、2つのファトワを発した。すなわち、敵を助けるもの、敵のそばにいるものは誰でも殺されて当然である。もし殺された者が良いムスリムなら、かれは天国に行き、悪ければ地獄に行くだろう。

 あわせて、自爆テロを殉教として正当化し(本来、イスラームでは自殺は禁忌である)、その後のテロ活動を誘導した。

 アルカイダは、アメリカを敵と認定した。

 

 9 シリコン・バレー

 アメリカに住んでいたアブドゥル・ラフマンは、アラビア語を使い、各地で反米闘争を扇動していた。

 1993年、ラムジー・ユースフは世界貿易センタービルの駐車場に爆弾をしかけ、4人を殺害、1000人以上を負傷させた。

 ザワヒリのジハード団は、エジプトでの取締りと資金難のために壊滅寸前だった。エジプト人構成員の多くは、ビンラディンのグローバルジハードに懐疑的だったが、ザワヒリアルカイダとの統合を決めた。

 

 10 失楽園

 アルジェリアでは無差別テロを繰り返す組織(アルジェリア武装集団)が活発だったが、市民を虐殺し評判が悪かったので、ビンラディンは資金援助を拒否した。

 94年に、ビンラディンは暗殺者に命を狙われた。その後、サウジアラビア政府はビンラディンの市民権を剥奪し、また家族からの送金を停止させた。

 ビンラディンは資金を失い、ジハードに挫折しかけた。

 サウジアラビア政府は友人を派遣し、アメリカに対するジハードをやめて帰国するよう促したが、かれは相手にしなかった。

 かれは「現実を見失っていた」。

 「つづく」

 

The Looming Tower: Al Qaeda and the Road to 9/11

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