うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『捏造された聖書』バート・アーマン その1

  ◆感想

 著者は専門教育を受けた神学者だが、視点はわたしのような非信徒に近く、違和感なく受け入れられるものである。

 著者は、聖書を無謬の「神の言葉」と考える主義から、本文研究を経て、人間的な書物とみなす思想にいたった。

 神の言葉の改変については、書記たちのみが担ったわけではない。福音書の著者……ルカは、マルコの福音書を参考に、内容を改変し製作した。

 聖書の改変は、わたしたちが「言葉に接する」という行為の核心に迫るものである。

 

 ――……テキストを読むということは、必然的にテキストを解釈するということでもある。

 

 言葉を読むということはそれを解釈するということであり、すなわち各人が理解できる言葉で置き換えるということである。

 キリスト教の成立について学ぶということは西洋文明を学ぶことである。

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 新約聖書は、写字生と印刷機による複製を繰り返し世界に普及した。その過程で改ざんや修正、ミスが蓄積されていき、オリジナルの版は失われた。

 本書は聖書が改ざんされていった歴史と、その事実の発見、聖書のオリジナルを追求する「本文批評」などを紹介する。

 著者は神学者だが非常にわかりやすい説明をしており、信徒でなくとも理解できる。

 

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 1

 ユダヤ教は書物を重視する点で、他の古代多神教と異なっていた。他の宗教は、神に対する儀式と典礼がすべてだった。ユダヤ教聖典、つまり旧約聖書とその掟を重視したが、その特徴はキリスト教にも受け継がれている。

 初期キリスト教における文書とは次のようなものである。

・初期キリスト教書簡

・初期福音書

・初期の使徒言行録

・黙示録

・教会規定

・護教論

・殉教者伝

・反異端論

・注解

 こうした文書が聖典としてまとめられ、「新約聖書」となったのは367年、アタナシウスの手による。それまでは、数百年にわたって、様々な文書が利用され、各々が自分の解釈に従って文書を編纂し、また改ざんしてきた。

 しかし、初期キリスト教において字が読めるのは一部だった。字が書けてもそれが理解できないものも多くいた。文書は、信徒の前で朗読され、布告されることで権威を帯びた。

 

 2

 初期キリスト教の世界では、文書の複製は素人が担当した。当時のキリスト教徒は社会的に底辺の者が多く、プロの書記が仕事をすることはほとんどなかった。

 このため複製の際の誤字脱字、間違いが多発した。また、写字生は、整合性や神学の観点から自分で文書の改ざんを行った。

 聖書のオリジナルは、この初期キリスト教の時代を経て完全に改ざんされ、再現不可能になった。同時代の人間も、「キリスト教徒は無教養なので改ざんを繰り返している」、「写字生が自分の手紙を改ざんしている」等の不満を書き残している。

 

 ――本文批評家の仕事は、これらすべての文書にとって、そのテキストの最古の形はどんなものだったのかを決定することだ。

 

 有名な挿話……「姦通の女(「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」)」や、『マルコによる福音書』の最後の節は、後世の捏造だったことが確定している。

 

 ――……キリスト教はそもそものはじめから書物指向の宗教であり、特定のテキストを権威ある聖典として強調してきた。だが……実際にはその権威あるテキストは現存していない。つまりキリスト教とはテキスト指向の宗教でありながら、肝心のテキスト自体は改ざんされ、現存する写本の内容はお互いにてんでばらばら、それも時にはきわめて重要な点で異なっているのだ。本文批評家の使命は、これらのテキストの最古の形を発見することだ。

 

 新約聖書の真の姿を知ることは、聖書を基盤とする西洋文明を理解する上でこの上なく重要である。

 [つづく]

 

捏造された聖書

捏造された聖書