うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『特高警察』荻野富士夫 その2

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 総力戦体制が整備されていくにつれて、特高の業務も強化された。国体の擁護と、聖戦への一致団結がかれらの目的となった。

 国家主義者については、これまで重視されてこなかった。しかし血盟団事件五・一五事件をきっかけに、右翼担当が増員された。国体擁護の精神には共感しつつも、法を逸脱することのないよう指導するという方針での統制が行われた。

 特高共産主義勢力の根絶を目指し、摘発、拘束を続けた。取締りのためになら法律を無視してもいい、という趣旨の通達が出された。

 しかし、戦況が悪くなれば当然、国体や政府の戦争指導に疑念を持つ者が増えるため、監視対象は増えていった。終戦末期になると、敗戦が確実となり、特高自身の存在意義もゆらいだようだ。

 

・40年以降は、反戦反軍思想、戦争忌避の思想も監視・取締りの対象となった。

・経済警察とは「経済統制諸法令の違反の監視と取締りのほか、統制経済が国民に及ぼす影響や統制への不平不満の察知など」を担当する。

・監視・取締り対象……怠業、在日中国人、在日朝鮮人、宗教、神社参拝に熱心でない出征家族、帰還兵の愚痴、反戦厭戦思想、講和・和平を説く者、食糧困窮に不平を言う者、今次戦争を帝国主義戦争と言う者、その他。

 特高の民情観察では、不満と消極ムードが国民のあいだに広まる様子が確認できる。

 

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 植民地における特高警察について。

・朝鮮……独立運動、民族運動、社会運動の取締り。

・台湾……独立運動は占領初期に武力で鎮圧されたが、完全に従属したわけではなかった。

 1941年、旗山事件(台湾独立陰謀事件)について……

 

 ――その捜査取調べにあたった高雄州警察部高等課では……死者を出すほどのはげしい拷問を加えている。……この事件の特異な点は、日本の敗戦とともに解放された事件関係者が、過酷な取り調べに対する復讐として日本人警察官を次々と襲撃したことである。

 

満州国……関東憲兵隊・関東軍の影響の下、満州警察が設置された。

・外務省警察……朝鮮、中国、タイに置かれた外国人取締りの警察で、徐々に特高業務を拡大させた。

 上海……朝鮮独立運動コミンテルン、排日運動の取締り

 東亜警察……植民地拡大に連れて、占領統治の上でも特高警察制度がつくられた。本土と占領地の警察は、相互に情報共有を行った。

 

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 諸外国との比較。

 ゲシュタポ特高との比較は、当事者たちもしばしば行っており、日本側は、「法規にとらわれず警察力を行使できる点」を羨望していた。

 ゲシュタポ強制収容所の運営も担当しており、また共産主義者を「転向」させるというような日本的な志向はなかった。

 戦後、「特高警察はゲシュタポやGPUとは違う」という差別化が当事者たちによって唱えられた。これはGHQが秘密警察解体を宣言したからである。

 

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 敗戦直後は、混乱を鎮め、引き続き国体擁護に努めることが任務として課された。

 しかし、特高警察内でも、幹部の辞職、職務放棄、書類焼却が相次いだ。

 10月、GHQの人権指令が出され、特高警察は廃止された。しかし、関係者で罷免されたのは一部であり、大多数は転属し慰労金を受け取った。

 間もなく公安警察が創設され、民主主義の維持と占領軍の補助という名目のもと、特高制度に似たものが復活した。

 

  ***

 特高は思想取締りを行い総力戦体制に加担することにより国家、国民の硬直を招いた。この点で、敗戦にも責任があると考える。

 特高ゲシュタポ、NKVDといった政治テロ、秘密警察の経験を通して、「思想を取締り、人権を蹂躙することが誤りであり、否定されるべきことが20世紀を通じて確立され」た。

 『敗北を抱きしめて』にも書かれていたとおり、日本は敗戦の際、多くの制度・システムを残置した。特高のような政治警察の基盤はまだ健在であり、いつでも拡大することができる。

 戦前に弾圧されたのは、国体変革を掲げるテロリスト、共産主義者だけではない。国家が戦争を遂行していれば、反戦運動平和運動も、国家方針に反する思想として取締り対象になる。

 

特高警察 (岩波新書)

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