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『治安維持法』中澤俊輔 その1

 治安維持法は、当初、結社の禁止を目的として、政党によって制定された。本書は特にこの経緯に着目し、治安維持法政党政治との関係を検討する。

 

 1

 治安維持法の主管官庁は内務省(警察)と司法省(検察)だった。2官庁と、政友会と憲政会が、それぞれ対立・協調しながら社会主義運動の勃興に対抗していく。

 

 ――政友会は、外来思想に対抗する手段として、教育や宗教の力で国民の思想を健全な方向へと導く、「思想善導」を掲げたのである。しかし、政友会は、ともすれば民主化の要求や貧困といった国内の問題を軽視し、取締法に肯定的でもあった。

 

 明治時代の取締法……集会条例、保安条例、集会及政社法、新聞紙条例、出版条例、治安警察法

 1910年の大逆事件により幸徳秋水ら24名が死刑判決を下された。以後、内務省社会主義者の監視を強化した。

 1911年、警視庁に特別高等課が設置された。

 第1次世界大戦の結果、君主制が多数崩壊し、ソ連が成立したため、過激思想の流入が懸念された。

 1920年、森戸辰男事件は、クロポトキンの思想を評価する論文が「朝憲紊乱」に該当するとして起訴された事件である。内務省は事件を穏便に済ませようとしたが、原敬首相と平沼検事総長(司法省)は起訴を押し通した。

 過激社会運動取締法案は1922年に閣議決定された。外国思想の取締りを目的とするものだったが、廃案にされた。それは、言論の自由取締りに対する反対、内務省と司法省との対立、政争が原因だった。

 

・1923年 第1次日本共産党事件

       関東大震災に伴うデマと、治安維持令

       虎ノ門事件(摂政宮暗殺未遂)

 

 内務省は社会運動に対しては比較的寛容だったが、共産勢力取締りの際は強引に法を適用した。一方、司法省は法の適用に厳格であり、社会主義思想を取り締まる新法を要求した。この傾向は、法の支配の観念に基づいていた。

 政友会は司法省と、憲政会は内務省と親和性を高めていった。

 

 2

 著者は、1925年の治安維持法成立の最大要因を、加藤高明連立内閣にあると考える。加藤高明は、治安維持法を「結社」取締法として方向づけた。

 司法省の考えは、宣伝の基盤となる出版活動=結社を取り締まることで、「個人の言論活動には深く立ち入らない」というスタンスを示そうとした。

 内務省は、大陸に諜報員を派遣し、コミンテルンの動向を探っていたが、送られてくる情報は誤りが多かった。内務省コミンテルン共産党の脅威を過大評価し、治安維持法に起草に積極的となった。

 

 治安維持法成立の副因として、次の2つがあげられる。

普通選挙法に併せた、国体変革思想・国体破壊思想の取締り

・日ソ国交樹立に伴う、国内への影響の排除

 

 治安維持法の問題点として著者は3点をあげる。

・文言が漠然としており、「国体変革」は融通無碍に拡大適用された。

・暴力や不法行為がなくとも処罰の対象となるため、結社活動や学問・研究活動を委縮させた。

・成立当時、国体変革結社は皆無だった。そのため、治安維持法は本来対象外である宣伝活動へと適用を広げた。

 

 3

 結社取締りを目的とする治安維持法は、うまく運用できないことが判明した。

 ソ連コミンテルンの赤化宣伝に法を適用することは困難だった。宣伝は、治安維持法の対象ではないからである。

 1928年、三・一五事件において、共産党員の一斉検挙が行われた。しかし、検挙された1600名のうち、共産党員は一部であり、起訴されたのは400人あまりにとどまった。

 「結社」取締り法としての治安維持法は、共産党員でなければ罪に問うことが出来なかった。

 

 ――そして迷走の末に田中内閣が選んだのは、事実上の「宣伝」取締り法として治安維持法を作り変えることだったのである。

 

 4

 1928年、田中内閣での治安維持法改正について。

・厳罰化(死刑の規定、ただし実績なし)

・目的遂行罪(共産党の活動に寄与する者も取締り対象とする)

 改正案は議会で未了となり廃案となった。このため、田中内閣は緊急勅令を使い、議会を通さず、枢密院の裁可のみで改正案を成立させた。このことは議会軽視として批判を招いた。

 田中内閣は警保局の予算を増やし、全国に特高課を設置した。

 続く浜口内閣においては、共産党が地下活動へ移行したため、一斉検挙から日常検挙へと方式が移り、検挙数が増えた。

 その後の運用は、改正法の拡大適用へとつながっていった。

 

[つづく]

 

治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)

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