うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『隷属への道』ハイエク その2

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 経済活動を計画化することは、必然的に人間の全生活の規制と抑圧につながる。

 

 ――……人びとは往々にして、政治的独裁を毛嫌いしつつも経済分野における独裁者を求めるのである。

 

 ハイエクは、市場原理と競争が全てを解決すると考えているわけではない。

 独占や不正、過度の貧困を抑制するために、消極的な規制をかけることはもちろん必要である。

 人類が獲得してきた自由と民主主義は私有財産制によって獲得されたものであり、私有財産制がなくなればどちらも消える。

 

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 全体主義社会主義から生まれた。

 

 ――実際、ドイツやイタリアにおいて、ナチスファシストは多くのものを発明する必要はなかった。生活のあらゆる側面に浸透していくこの新手の政治的教化運動は、すでに両国では社会主義者によって実践されていたのである。すなわち、1つの政党が、「揺り籠から墓場まで」個人のすべての活動を面倒見、すべての考えを指導しようとし、すべての問題を「党の世界観」の問題とすることを欲する、という理念は、社会主義者によって最初に実践されたものなのである。

 

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 所得保障の問題……

 格差を過度に是正し、所得保障を行うということは、その分だれかが不公平に税金を取られ、活動を制限されることを意味する。

 

 ――軍隊的組織が社会の一部分としてのみ存在する時は、その構成員の不自由は絶対的なものとはならない。もし制約に耐えがたくなったら戻っていける自由な領域が依然として存在するからである。だが、もし、かくも多くの社会主義者を魅了してきた理想のごとく、社会全体が単一の巨大工場のように組織された時どのようなことになるかを知りたいならば、古代のスパルタか、それとも、この50年から100年の間その道を進み続け、ついにほとんどその理想を達成した現在のドイツを見ればよい。

 

 上から物事を決める官僚主義が生活の多くを占めた場合、人びとは自由よりも隷属的な地位と保障を選ぶようになるだろう。

 公務員が賞賛され、自由業や起業が見下される社会になるだろう。

 

 ベンジャミン・フランクリンの言葉。

 

 ――ほんのしばらくの安全を手に入れるために、本質的で不可欠な自由を放棄してしまう人びとは、自由も安全も持つ資格がない。

 

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 全体主義は、組織の目的のために道徳を無効化し、また真実を歪める。目的がすべてを正当化するため、必然的に、最悪の人物や集団が支配者になってしまう。教育、科学を含むあらゆる分野が権力によって抑圧される。

 「哲人が中央当局になれば、良い計画経済・計画社会が実現する」というのは夢想であり、権力を掌握するのは手段を選ばない者たちである。

 

 英国や、スイス、オランダが持っていた自由主義的、個人主義的な美徳について。

 

 ――……個人の自主独立性や自立の精神、あるいは個人的なイニシアティヴやそれぞれの地域社会への責任感、様々な問題をうまく解決しうる個人の自発的な活動に対する信頼、隣人に対する不干渉、普通と異なっていたり風変りな人びとに対する寛容、習慣や伝統に対する尊敬、権力や政府当局への健全な猜疑心、などといったところである。

 

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 ハイエクは、戦争の災厄を避けるためには連邦制が必要と考える。諸国家を統合するような権力は、間違いなく自由の消滅をひきおこすだろう。求められるのは、諸国家を規制するが、その主権を制限しないような、とても都合のよい権力機関である。

 このような国際機関が実現するかどうかは大変難しい問題である。

 

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 ◆メモ

 ハイエクリバタリアニズム自由至上主義)の思想家に分類されるという。

 経済学分野での業績もあるというのでこちらもいずれ読みたい(勉強が必要だが)。 

隷属への道 ハイエク全集 I-別巻 【新装版】

隷属への道 ハイエク全集 I-別巻 【新装版】