うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ユーゴスラヴィア現代史』柴宜弘 その2

 4 戦後国家の様々な実験

 チトーの社会主義は自主管理・非同盟・連邦制を特徴とする。

 チトーの政策が最終的にユーゴ解体に至った原因について。

 

・連邦制の下、民族の平等が唱えられたが、あくまで理念であり紛争の種は残った。

・土地改革……対独協力者からの接収

・企業の国有化

 

 48年、ソ連は、ユーゴをコミンフォルム共産党・労働者党情報局)から追放した。これは、ソ連の方針にチトーらが従わなかったことが原因である。

 ユーゴは労働者自主管理・非同盟を軸に独自の社会主義建設を始めた。東欧圏からの追放を受けて、ユーゴはアジア・アフリカ諸国との関係構築に努めた。

 スターリン死後の雪解け時代には、ソ連との国交正常化が行われた(53年)。

 60年代、経済自由化が地域・民族ごとの格差を深めた。また、秘密警察トップのセルビア人ランコヴィッチが失脚したことで、民族運動が活発化した。

・74年憲法による国家連邦体制

 

 5 連邦解体

 80年チトーが死亡し、以後、国家の分裂解体が進行した。

セルビア共和国コソヴォ自治州において、住民の多数を占めるアルバニア人の暴動が発生した。

ミロシェヴィッチセルビア人の不満を吸い上げる形で台頭し、連邦制強化を目指した。コソヴォ問題は深刻化し、死者を伴う暴動や抗争が多発した。

・経済的に発展したスロヴェニアは、セルビアの統治に不満を持ち、コソヴォを支援し、独立を主張した。

 

 91年、スロヴェニアクロアチアがそれぞれ独立(自立)宣言を行った。

 ――……ユーゴ解体の引き金となったスロヴェニアクロアチア両共和国の「独立宣言」は実際には、連邦あるいはセルビア共和国による民族的な抑圧が加えられた結果ではなく、むしろ自己の利益を優先させる先進共和国ゆえの経済的な要因が大きく作用したとものといえる。南北格差による経済的利害に民族自決が絡んでの連邦解体であった。

 

 6 内戦の展開

 スロヴェニアクロアチアで共和国軍とユーゴ連邦人民軍との戦闘が発生した。スロヴェニアは91年6月には勝利し、独立を獲得した。

 クロアチアにはセルビア人が住んでいたため、これが内戦長期化の原因となった。

 92年、ボスニアヘルツェゴビナが独立すると同時に内戦が勃発した。

 ドイツが、クロアチア独立を承認したことが、紛争を激化させた。

 内戦の原因……マスメディアのプロパガンダ、政治指導者の政治戦略、当局による恐怖心の扇動と身近な人の逮捕、武力衝突

 ユーゴ時代から、国民全体での防衛体制が敷かれており、また各共和国や自治州に地域警察が整備されていたことが、民族集団の武装化を早めた。

 

 ボスニア内戦におけるセルビア人勢力の指揮官は、ボスニア連邦人民軍のムラジッチである。ムラジッチは、ミロシェヴィッチの直接指揮下にあったわけではないが、マスメディアの報道によって、ミロシェヴィッチが侵略者であるという構図が作られた。

 実際には内戦末期の段階で、ミロシェヴィッチボスニアセルビア人を制御できなくなっていた。カラジッチらは、和平をするよう促すミロシェヴィッチに対し、反旗を翻した。

 (『Yugoslavia:Death of Nation』いわく「おもちゃが勝手に動き出した」)。

 こうしたイメージ戦略は、クロアチアバチカンによる影響が大きいという。

 

 国際社会の動き……

・アメリカは国連の中心となりPKF、国連保護軍派遣等を行った。

・政治的解決を図る国連と、軍事的解決を図るNATOとの間で見解の相違が生じた。

・95年11月、アメリカの圧力のもと、領土分割と停戦を定めた「デイトン合意」により内戦が終結した。

NATO中心の平和実施部隊が停戦監視を担当した。

 

 終章

 ――……ユーゴ内戦が始まる時期も、始まってからも、「現地主義」に徹する姿勢が見られず、旧ユーゴに常駐するわが国の新聞記者がいなかったことによる部分が大きい。その結果、事実関係を十分に検証することができないままに、欧米諸国の政策に基づく情報操作や、通信社の流すニュースに全面的に依拠せざるを得なかったように思われる。アメリカ主導のもとに形成された「セルビア悪玉論」はその典型であった。

 

 ◆メモ

 本書では詳しく言及されていないが、合衆国は当初内戦介入に消極的だった。また、デイトン合意により強制的にボスニアを二分割したことで「やったもの勝ち」の結果が生じた。

 各地の追放行為や虐殺は、武装の不足した民族や集落が標的になった。なぜそのような不均衡が起こったかといえば、各地域で軍・警察を掌握する民族が偏っていたからである。

 ユーゴ人民軍は実質セルビア軍となり、また混住地域では、軍・警察を掌握する民族が民間人迫害に加担した。

 内戦の根本的な原因は、本土防衛のために武器を偏在させていたことにある。 

  武力を一機関(国軍)に独占させるのか、それとも民兵制・民間防衛のために分散させるのか……どちらにも致命的な問題点がある。

 また、このような地域に対して、当事者たちに非武装を促すことはわたしには不可能である。

ユーゴスラヴィア現代史 (岩波新書)

ユーゴスラヴィア現代史 (岩波新書)