「ビッグ・ブラザー」率いる政府によってコントロールされた全体主義社会を描くディストピア文学。ザミャーチン『われら』等とともに、この種の物語のプロトタイプとなった本である。
(1)窓のない、塔のような建物の中に浮かび上がる「真理省」その他の省庁。テレスクリーンがスミスらを監視し、敵であるエマニュエル・ゴルドシュタインを映し出す。それに興奮し、憎悪をかきたてられる市民たちの風景。
(2)「戦争は平和、自由は隷属、無知は力」に始まる、政府の唱える空疎なスローガンの数々。
(3)経済は衰退しており、また政府の発表は嘘で塗り固められている。真理省で働くスミスや彼の同僚たちも、嘘と抑圧行為に加担することが任務である。
(4)このような末世の社会において、スミスは監視から隠れたところで日記を書く。かれはかすかながら、現状に違和感を覚え、また反感を抱いており、必死に自分の思考を書き留めようと努力する。
(5)スミスは、自分を凝視する若い女ジュリアから告白される。かれは女のことを思想警察だと考えていたがそうではなかった。
(6)同僚のオブライエンに勧誘されたスミスとジュリアは、秘密の反政府組織の一員となる。この組織は完全な非合法組織で、構成員は自己を滅して奉公しなければならない。
オブライエンから渡された、政府の敵ゴルドシュタインの著作は、平等を目指す政治が、最終的に寡頭制に至る道筋を解説している。
大衆から、独立した知性と思考を奪うためには、富や余暇を与えず、働かせているほうがいい。
労働力の最も良い消化手段は戦争である。3つの超大国は、自分たちの既得権益を守るために、恒常的に戦争を続けている。云々。
(7)二重スパイによって捕えられたウィンストンは、思想警察から拷問を受け、嘘の自白をさせられる。
(8)拷問と尋問の過程で、オブライエンは党の存在意義について滔々と話す。党が目指すのはナチスドイツやソ連の体制をさらに純化させたもの、純粋な権力のみを追求する体制である。
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拷問を受け続けたスミスの肉体は破壊され、また交際相手を裏切り、自分に対する拷問を転嫁させる。それは、飢えたネズミに顔を食わせるというものである。
収容所から解放されたスミスは精神を破壊され、ビッグ・ブラザーに対する忠誠を誓うようになっていた。
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主人公ウィンストンは、ネズミ拷問を交際相手であるジュリアに押し付けた。かれは、これを秘密警察側の嘘だと思い込んでいたが、実際に交際相手は拷問を受けていた。
目の前にいない相手、顔の見えない相手に対してなら、危害を加えるうえでの道徳的なハードルは下がるものである。
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陰惨な拷問と尋問がこの本の中心である。全体主義と、秘密警察の地獄絵図がこの物語に集約されている。
◆参考