ジャック・アウステルリッツという建築研究者との交流について。
アウステルリッツは、ヨーロッパ各地の建築や風景についてコメントしつつ、やがて収容所に連れていかれた母親の思い出を語る。
本全体が人物の回想となっており、茫漠とした印象を受ける。
ベルギーやロンドン、チェコの風景や公共建築についての所感から、やがてドイツ統治時代の非道な風景や、テレジエンシュタット収容所の建築様式、「管理」への執着、ドイツ人に対する恐怖感等が浮かび上がっていく。
ヨーロッパの歴史は「奴隷帝国」ドイツによるホロコーストに結実した。
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――今では自分でも信じがたいのですが、私はドイツによるヨーロッパ征服についても、彼らの打ち立てた奴隷制国家についても、私が難を逃れてきた迫害についても、何ひとつ知らなかったのです……私にとって、世界は十九世紀末で終わっていたのでした。そこから先に踏み出すことは怖じていた。私の研究対象である市民社会の時代の建築史も文明史も、そのことごとくが、当時すでに輪郭を明らかにしつつあったあの災厄へと雪崩れこんでいくものであったにもかかわらず。
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本の中に、内容とつながった写真が使われている。駅舎、廃墟、墓、工場、要塞の写真や、人びとの顔やふくろうの写真である。