うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『憲兵物語』森本賢吉 その1

 徴集兵出身の憲兵による話。

 著者は成績優秀によって憲兵となり朝鮮、中国を中心に活動した。

 憲兵の仕事だけでなく、当時の中国戦線の様子も詳しく書かれている。特に、占領地域や、後方地域でのスパイやゲリラとの関わりについて参考になる。

 

  ***

 かれは広島の貧しい小作人の家で生まれたが、夜逃げして自力で勉強し中学校に入る。徴兵され朝鮮駐在の連隊に配置されると、「国民の義務」を履行するために真面目に働き、憲兵試験に合格した。

 ここまでで、著者の勉学及び自学研鑽への執着心に感心する。

 

 ――……でも僕は、憲兵に憧れたんじゃあ、ないよ。こういう理由があるんだよ。連隊におったら毎日毎日、演習で人を殺す訓練ばかりするだろう。そんなことをするよりは、人殺し以外の勉強が、タダでできればありがたいじゃあないか。将来の僕の人生のためにもならぁや。僕はもともと法律学は好きだったしね。

 

 一度は満期除隊するが、日中戦争が始まると召集に応じ、憲兵として再び朝鮮で勤務することになった。

 

  ***

 憲兵には司法警察特高の役割がある。憲兵は軍だけでなく、検察及び内務省の指揮下に入ることもあった。

 当時、地方警察が買収などの汚職に手を染めて仕事をしないときに、検事は憲兵に対し警察権の行使を要請することができた。

 また、軍隊内部の思想調査も担当業務だった。

 制服に「憲兵」の腕章をつける形態は憲兵の一面的な姿でしかない。花形は私服勤務だった。

 戦線拡大に伴い、憲兵の規模も大きくなったが、質が劣化し、後世に伝わる悪評が形成されてしまったという。

 朝鮮における勤務を通して、著者は日本人の人種差別と、朝鮮人たちの面従腹背、無言の反感を感じ取った。

 

  ***

 戦争が始まると、著者はその様子を目の当たりにする。

 ――「討伐」日本軍の小・中隊を、梅干しで赤丸を描いた日の丸を振って集落代表が出迎え、最後の一兵が城郭に入ったところで、門を締めて、中国兵が惨殺する例もよくあったよ。……日本兵は、遺体にまで残虐行為はせんから、よけいに腹が立ち、指揮官がよほどしっかりしとらんと、住民を皆殺しにする。その繰り返しが、戦争よ。

 

 日本軍の規律は戦線が拡大すると低下していった。また、実戦経験のない指揮官は部下を統率できず、戦争犯罪や不正が横行した。

 満州事変の立役者である板垣征四郎や土肥原も、おろおろした様子を見せて、部下に陰口をたたかれていた。

 日本軍において精強とされていたのは旭川の第7師団、北海道駐屯軍、弘前、仙台、金沢、広島、熊本等の部隊である。

 こうした情報は本国から送られて、敵……共産党や国民党も承知していた。

 

  ***

 著者は唐山憲兵隊で勤務した。

 唐山には英中合弁のカイラン炭鉱があり、日本の軍需産業を支えていた。同時に、炭鉱周辺は国民党や共産党のスパイがひしめいており、炭鉱もまた工作活動の対象となっていた。

 憲兵として、著者は炭鉱関係者と連携し、ストや爆破によって施設が破壊されるのを予防した。

 

[つづく]

憲兵物語―ある憲兵の見た昭和の戦争 (光人社NF文庫)

憲兵物語―ある憲兵の見た昭和の戦争 (光人社NF文庫)