うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『思考する言語』スティーブン・ピンカー その2

 4

 わたしたちの認識の基礎をなす空間、時間、因果性について。

 わたしたちは、空間、時間、因果性によって世界を認識する。それは世界そのものとは一致しないが、わたしたちはこの心を通じて世界を認識する。

 著者は、物質、空間、時間、因果というカントの提唱した概念枠組みが人間の思考を構成していると考える。

 われわれは物を数えるために、その物が可算か不可算かを判別する。

 

 ――人間が空間を滑らかかつ正確に動き回れる身体能力をもつにもかかわらず、空間に関する言語が粗悪で曖昧だということの不一致は、ヒトの脳の設計に由来している。

 

 われわれは空間を単純化し、概略化して取り扱う。三次元空間における物の位置関係を言葉で正確に表すのは難しい。

 この理由として著者は、空間把握を正確に言葉で表そうとすれば多くの語彙が必要になること、また話者と聞き手が同じ空間にいれば説明を省略できることをあげる。

 言語に表れる空間の概念は、理想化、単純化され、座標軸に固定され、物の目的や力も関連している。

 わたしたちの思考において、時間は空間と一体化しており、時間は空間語彙を使って表現される。

 因果関係についての認識も、われわれ自身の行動や目的に沿っておこなわれる。

 わたしたちの概念世界は「簡素で概略的」であり、「曖昧模糊として」おり、「客観的な視点を求めるべきときでも人間の目的や利害に左右される」。

 そして、これらの概念は人間の祖先である動物がすでに具えていたものであるという。

 

 5

 考えるとは、メタファーを理解することである。人間はメタファーを介した抽象により、思考を展開させることができる。人はメタファーによって考え、その違いによって対立し、また現実認識を見誤る。

 しかし同時に、多くの概念メタファーはすでに忘れられ、人間は多くの抽象的な考えをメタファーなしに理解する。

 科学理論においてメタファーは言語を現実に適応させるために使われている。

 人間の心には、感覚的にとらえられる表層を見通して、その下にある抽象的構造を見分ける能力が備わっている。

 

 6

 名前はわたしたちの外部の世界と深くかかわっている。

 名前とは、「that」、「this」等と同様、特定のものを指し示す言葉である。「アリストテレス」は、実際のアリストテレスについての知識がどうであろうと、その人物を指す。同じように黄金は、過去と現在で科学的な把握が全く異なるが、同じものを指し示す。

 ――つまり……名前の意味と同様、記述でも定義でもなく、世界に存在する何かを指し示すポインタなのだ。

 意味の問題にはいまだ謎が多い。

 

 新語の生まれる方法や、新語、造語の寿命について。

 名前の流行には、実は有名人はほとんど関係がないという。有名人の名前は同世代の中でもすでに流行っているものであり、有名人が出現する前に既にすたれている。

 わたしたちはある社会現象に対して社会学的な要因を探しがちだが、名前の流行の理由を特定するのは難しい。その時代の人びとが皆同じように考えて、結果として同じような命名があふれかえる。

 名前にまつわる現象は、「文化は目的、意味があり、外部から影響を受けたり操作されたりするものである」という概念を覆す。

 すなわち、個人の選択が他人に影響を与え、それが累積して社会現象となる場合が少なくない。

 

 7

 なぜ、アメリカにおいては、性行為と排泄表現について言論の自由が制限されているのか。

 罵り語はあらゆる言語に普遍的に存在しており、大きな役割を持っている。罵り語、うう、とかああ、とかいうつぶやきは、単なる記憶の塊である右脳に保存されている。

 排泄物は悪臭、疫病、病原菌の源であり、古今東西、存在とそれを現す語が忌避されている。

 罵り語は不快な考えを想起させるが、同時に強調表現としても使われる。罵り語は人間の感情に深くつながっており、様々な場面で頻繁に用いられる。

 

 8

 間接的な話し方は、レトリック、説得、交渉、ふれあい、誘惑、賄賂、強要、セクハラなどに使われ、社会的存在としての人間の本性を表すものである。

 敬語表現や敬称にあらわれる「礼儀正しさpoliteness」は、社会によってさまざまである。

 意図的な曖昧さは、結論を先延ばしにするが、例えば対立する二国間に少なくとも合意をしたというシンボルを与えることはできる。

 間接的な表現は、人間の社会における振る舞い、他人との関係の微妙な調整等が反映されている。

 間接表現を用いる最大の理由は、受け取りたくない情報を遮断することで、その悪影響を避けることにあるのかもしれない。

 知識には、知らないでおく方が自分に有利なものもある。知りたくないことを知ってしまうと、不利な立場に追いやられることがある。

 

  ***

 ◆まとめ

 言語を通して、わたしたちの心の構造を考える本。

 心は独特の方法で現実をとらえるが、それが正しく働かない場合もある。

 ある概念をタブー視することが、個人の失敗や国家の失策に結び付く場合もある。また、現実を枠組みに基づいてとらえることは、意見の相違や対立を生む。

 間接的な表現が解決を先延ばしし、事態を悪化させることもある。

 思考の特性と、その反映である言語について把握することは、わたしたちが活動していく上での助けになると考える。

 

思考する言語〈上〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

思考する言語〈上〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

 
思考する言語〈中〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

思考する言語〈中〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

 
思考する言語〈下〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)

思考する言語〈下〉―「ことばの意味」から人間性に迫る (NHKブックス)