うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『Inside the Third Reich』Albert Speer その1

 ヒトラー政権のもとで軍需相を努め、戦後懲役刑を受けた建築家の自伝。かれは芸術家として異例の待遇を受け、その恩恵を受けつつ間近でヒトラーを観察する機会を得た。

 子供時代からの半生が書かれているが、調子は落ち着いており、随所に建築や装飾への言及が見られる。

 特に独ソ戦から敗戦までの、ヒトラーと側近たちの様子を描く部分には迫力がある。

 

  ***

 1部

 1 起源と青年時代

 シュペーアマンハイムで生まれた。父親は建築家であり、一家は中流階級の豊かな家としての自覚を持っていた。はじめかれは病弱だったが、ボート漕ぎクラブで鍛えるうちに健康は改善された。

 ブルジョワの生活に根本的な疑問と違和感を持っており、心情的には極左に同調していた。戦争が終わると、周囲で目につくのは失業と貧困だったという。

 数学が得意だったが、父親の指導で工科大学に進学しテッセナウの元で建築学を学んだ。

 

 2 職業と使命

 建築の仕事はうまくいかなかった。一方で、大学のときに周囲の学生とともに集会に出て以来、かれはナチ党に漠然とした親近感を抱くようになった。

 時代の雰囲気は閉塞し、失業が人びとを苦しめていた。かれらは単純明快な打開策を求めたが、それに答えたのがナチ党と共産党だった。

 ヒトラーは初め反ユダヤ主義を隠していた。演説のときは紳士的に見えたが、偶然、町で見かけたときは神経質で短気な男だった。シュペーアは、ヒトラーが人と場面に合わせて著しく人間性を変える点を指摘している。

 かれはナチ党員となり、党の運転手のような任務についた。あるとき、事務所の改築を依頼されたのをきっかけにゲッベルスの目に留まる。

 

 3 ジャンクション

 党員の仲間に呼ばれ、かれはベルリン支部所属となった。ベルリンの支部長であるゲッベルスの元、集会や施設等、様々な建築とインテリアを手がけた。

 既にヒトラーは政権を掌握していた。

 

 4 私の触媒

 ヒトラーは建築家トルーストを敬愛しており、シュペーアもトルーストを第二の師として尊敬し、影響を受けた。ヒトラーは、芸術家やアーティストといわれる人間に対しては、素直な尊敬の感情を持っていた。

 シュペーアヒトラーを尊敬し、どこにでもついていこうと感じた。それは、皆が感じていたことである。

 かれらヒトラーの信奉者は、自立して物事を判断するという人間の尊厳を捨てた。

 

 5 建築的誇大妄想

 トルーストの死により、シュペーアヒトラーの建築顧問となる。かれはおしゃべりではなかったが、総統の余暇や晩餐に頻繁に呼び出された。

 ヒトラーに依頼され、ニュルンベルク党大会の設計を任された。光の柱、旗の活用、ドーリア様式への執着等。

 

 6 もっとも偉大な任命

 壮大なベルリン都市計画について。ヒトラーシュペーアを自分の配下、官僚としてではなく、尊敬すべき芸術家として扱った。

 

 7 オーバーザルツベルク

 別荘にて、独裁者の暇つぶしと駄弁につきあわされる退屈な日々。

 ヒトラーの側近や、エヴァ・ブラウン、閣僚たちの様子が詳細に描かれる。いったん独裁体制が確立すると、独裁者は取り巻きを集めて日々別荘でだらだらと過ごすようだ。スターリンの伝記でも、同じような様子が書かれていた。

 自分は歴史上の人間になるか、もしくは後世まで叩かれるかどちらかだ。ドイツはイスラームを国教として征服すべきだった、新しいベルリン建築はギリシア建築のように未来まで残るだろう、云々。

 ヒトラーの誇大妄想は広がっていき、シュペーアはそれ以上に想像力を働かせる。

 

 8 新総統官邸

 シュペーアの建設した総統官邸はヒトラーに大変気に入られ、また納期に間に合わせたことで建築家としての評価も得られた。

 

 [つづく]

Inside the Third Reich

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