うちゅうてきなとりで

The Cosmological Fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『言語を生みだす本能』スティーヴン・ピンカー その2

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 ――……人間の音声知覚はピラミッドの下から上へ働くだけでなく、上から下へも働いているといえそうである。……音韻ルール、統語ルール、この世では誰が誰になにをする傾向があるかというステレオタイプな認識、相手がそのときなにをいいそうかという勘にいあたるまで、わたしたちは意識的、無意識的に持ち合わせているあらゆる知識を総動員して、相手がつぎになにをいうかを絶えず予測しているのかもしれない。

 言葉を理解する仕組みは複雑である。また、話す相手が相互に協力し合うことを期待していることが意志疎通の上で重要となる。

 ――会話を成立させるために必要な互いの期待を利用して、何層もの意味のひだのあいだに自分の隠れた意図を忍び込ませるというのは、人間にとってごく自然な行為である。人間は、回線でつながったファックスどうしではない。感受性に富み、策を弄し、裏の意味を読む社会的動物なのだ。

 チューリング・テストとは、機械と人間を会話させて、会話の相手が人間であるか機会であるか見破れるかテストをするというものである。

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 言語は普遍的な特徴を具えている。それは主語、述語、目的語に相当する概念が存在するということだ。

 学習は生物の生得の本能に由来する。普遍文法の基本的なしくみだけを生得として、それ以外を幼児期に学習させるようにすることで、適応性が強化される。

 言語が無数に存在する原因は、変化、継承、孤立である。比較言語学の研究を元に、言語の広がりや祖語の概念を説明する。

 言語は動物の種と同じく大規模な絶滅の途上にあるが、言語が減少することにより、わたしたちが人間の言語本能や地理的、歴史的分布を理解する手段は限られてしまう。

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 乳幼児が言語を学習するしくみについて。

 ――赤ん坊は、発声器官をうまく動かすために自分の声を聴く必要があり、言語共同体に共通の音素、単語、句順を知るために年長者の話すのを聞く必要がある。文の獲得は単語の獲得に、単語の獲得は音素の獲得に依存するから、言語発達は順序を踏んで進行する。

 脳の発達の関係上、6歳を過ぎると言語を確実に習得する能力はほぼ失われる。

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 文法を司る遺伝子は存在する可能性が高いが、まだ特定には至っていない。同じく、言語をつかさどる脳の領域は左半球に集中していると思われるが、具体的な作動原理についてはまだ究明されていない。

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 言語本能は、象の鼻と同じように、長い進化の過程を経てつくられたものである。突然、言語機能がサルに宿ったのではない。

 言語本能も自然淘汰の結果であるとの推測は間違いではない。

 進化と自然淘汰は別の現象である。進化は、変化を伴う遺伝を通じて長い期間に種が変化する事実を指す。進化の原因が自然淘汰である。自然淘汰は、増殖、変異、遺伝の機能を持つすべての個体集団に適用される。

 自然淘汰とは、他より優れた増殖を促進するような特徴は長い世代交代が続くなかで集団全体に広がりやすい、という数学的に当然の結果を意味する。

 ――自然淘汰理論は、ある生命体が特定の目的で設計されたような部分を持つ……という現象が、その生命体の先祖の出生率と死亡率……で説明できる、と言っている……

 言語もまた進化と自然淘汰の1つの現象に過ぎない。

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 言語において、間違っているとか正しいとか言われるのはどういうことか。

 一般人は、どう話すべきかという「規範的ルール」を扱い、言語学者は、実際にどう話されているかという「記述的ルール」を扱う。

 記述的ルールが人間の言語本能の働きによって形成されるのに対して、規範的ルールを作っているのは自称有識者たちである。

 言語指南者の類型……言語ウォッチャータイプ、ひたすら嘆くエレミア(旧約聖書時代の預言者)タイプ。

 ――……そのテクニックとは、ひたすら攻撃的にふるまうことで、こうすれば、傑出した才能を持たない人も、マスコミから束の間の注目を受けることができる。

 言語は有識者や学者がどう考えようと必ず変化していく。

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 言語本能について知ることは、人間の心について知ることである。昔から、氏か育ちか、遺伝か環境か、という人間の性質に関する議論が繰り返されてきた。しかし、「このモデルからは生命体の存在が抜け落ちている」。

 心的プロセスを重視する進化論的心理学が新たに勃興した。

 心の働きは普遍性を具えている。心にはいくつものモジュールがあり、あらかじめ働き方を決められている。

 では、すべては後天的に習得されるという相対主義が否定された場合、生物学的決定論しか残されないのだろうか。

 ――第1に、人間の脳は、わたしたちがどんな説を立てようと、脳本来の働き方しかしない。なにかの倫理原則を正当化するように動いてほしいなどと思うのは、科学のためにも倫理のためにもならない……。第2に、倫理的にも政治的にもすべての人間は本来平等であるとか、すべての人間はいくつかの侵すことのできない権利を有するとか、その権利には生命、自由、幸福の追求などが含まれるとかいうことは、自明の真実ではあるが、これを裏付けるような心理学的発見がある見込みは当分ない。最後に、徹底的な経験主義が進歩的、人間的な学説であるとは限らない。心が白紙だったら、独裁者は飛び上がって喜ぶだろう。

 著者は次の2項を主張する。

・人間同士の差異は生得である。

・すべての人間に共通するものは生得である。

 人間は皆同じ心を持っている。

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 この本で個人的に重要な個所は、良い文章を書くための秘訣として、何度も見直しすることをあげている点だった。

言語を生みだす本能〈上〉 (NHKブックス)

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言語を生みだす本能〈下〉 (NHKブックス)

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