うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『聖書考古学』長谷川修一

 ◆独り言

 自分はキリスト教徒ではないが、聖書に書かれている世界や、キリスト教文化には関心がある。

 旧約聖書の、奇怪なエピソード、荒涼とした世界に一方的に憧れを持っている。また、キリスト教の文化と思考方式が人間の歴史に及ぼした影響は大きいと感じる。

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 本書は、最新の歴史研究の成果と考古学的調査の成果を利用し、聖書に書かれている内容に関して検討する。

 文献と土地の調査で大昔の事実がわかるというのは驚くべきことである。

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 1

 旧約聖書古代イスラエル民族と神との契約を、新約聖書はイエスを仲介とする神と人との契約を指す。

 旧約聖書は「律法」(モーセによって書かれたとされる歴史)、「預言者」(ヨシュア記、士師記、サムエル記、列王記、イザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書、12の小預言書)、「諸書」(詩編、雅歌、箴言、コヘレトの言葉等)からなる。

 新約聖書は「福音書」(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)、「歴史書」(使徒言行録)、「書簡」、「黙示文学」からなる。

 正典形成の過程で排除された文献を外典、偽典を呼ぶが、歴史考証の際にはこれらが重要となる。

 旧約聖書の成立は早くとも紀元前8世紀である。はじめヘブライ語で書かれたが後にギリシア語に翻訳された。その過程で若干の意味の変化が生じている。また、列王記においては、現王朝を正当化しようとする明確な価値観が見られる。

 国民国家において、歴史は民族の連帯感を生むための重要な構成要素である。正史を編纂することで国家の正統性を強化することは、広く行われている。

 

 2

 考古学は遺物と遺構を対象として古いものを考える学問である。

 イスラエルを含む西アジアの遺跡の多くは丘の上にある。これは、粘土質の建築物をどんどん上に積み重ねていくという文化による。

 考古学が得意とするのは、過去の物質文化の特定である。一方、住民の顔や言語、政治的背景等、モノに表れないものを扱うのは難しい。

 こうした、無形要素を取り扱うためには、文献を対象とする「歴史考古学」が必要となる。

 遺物や遺構の時代決定は、層位と型式の利用によってなされる。

 本書では聖書考古学を次のように定義する。すなわち、「聖書の歴史記述の深い理解に達するため、特に聖書の舞台となった古代パレスチナを中心とした考古学」である。

 

 3

 族長たちの時代……イスラエル民族の祖はアブラハム、イサク、ヤコブ、そしてエジプトに渡ったヨセフである。

 この時代の記述には時代錯誤があり、その年代には存在していない都市や風習が見られる。これは、書かれた時代を過去に反映させたために起きた現象である。

 族長たちの歴史が書かれたのは紀元前1000年代と考えられる。

 ――おそらく父祖たちの物語の中には、物語が書かれた当時人口に膾炙していた伝承が含まれており、そうした伝承の中には、いつの間にか自分たちの大いなる「民族の父」に起こった出来事として伝わるようになったものもあるのではないだろうか。

 そうであるなら、これらの「民族の父」たちは、もともとは赤の他人で、1人1人にまつわる伝承が地域ごとに異なって伝えられていたとも考えられる。後代の人びとが「民族の父」の伝承をつくるために彼らの間に親族関係をつくって相互に関連づけたと考えることすら可能なのである。

 

 4

 土地取得時代……ヤコブはイスラエルと改名され、その子ヨセフはエジプトにわたり大臣となる。ヨセフはイスラエル民族をエジプトに呼ぶが、エジプト人は増えすぎたイスラエル人に危機感を抱き、男児を殺す命令を下す。この中で生き延びたモーセは、ファラオに対しエジプトを出る許可を願い出る。これが出エジプト記である。

 ヨシュア記と士師記は、エジプトから来たイスラエル人と、カナンの地に住むカナン人ら諸部族との抗争を描く。

 出エジプトの年代は、聖書の記述とは異なり、紀元前13世紀ごろと考えられている。しかし、エジプトの文献その他にも出エジプトの記述がないため、史実性を証明するのは困難である。

 一時期エジプトを支配したのち追放されたヒクソスの支配階級にはセム系の人物が含まれている。イスラエル民族がヒクソスの歴史的記憶を利用した可能性も否定はできない。

 その後の部族抗争には、父祖の時代と同じ錯誤が含まれている。実際には、イスラエル民族はエジプトからやってきたのではなく、山地から下りてきたカナン人の一部族である可能性もある。

 しかし、出エジプトとそれを記念する過越祭りは、いまでもユダヤ人のアイデンティティの大きな部分を占めている。

 

 5

 イスラエル王国時代……サムソンがサウルを選び、サウルの子ダヴィデとその子ソロモンによりイスラエル王国が栄える。ソロモンの死後、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂し、イスラエル王国がアッシリアに亡ぼされる。さらにユダ王国も新バビロニアに亡ぼされ、イスラエル民族はバビロンに連行される(バビロン捕囚)。

 ダヴィデがゴリアテと闘ったエピソードは、当時の伝承を特定の人物にあてはめたものであり、実際にあったのかどうかは確認できていない。

 

 6

 バビロン捕囚からペルシア統治下にかけて、ユダヤ教がその宗教共同体としての基礎を形成した。ユダヤ人は自分たちの律法を頑なに守ったため、他の民族のほとんどが消滅したのに対し、現在でも1300万人以上が残り、また独立国家を手に入れた。

 

 7

 今日の聖書考古学は17世紀の啓蒙主義を起源として発展してきたものである。

 聖書研究にはどうしても偏見や政治的及び宗教的偏向が付きまとい、何人も完全に中立的であるというのは不可能である。批判的な聖書研究を実りのあるものにするためには、常に客観性を心がけ、また他説を尊重する姿勢が求められる。 

聖書考古学 - 遺跡が語る史実 (中公新書)

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