ロシアの幻想文学作家アレクサンドル・グリーン(1880ー1932)の代表作。
資産をもつ男ハーヴェイは、発熱のために汽車の旅を中断し静かな港町に滞在する。海岸沿いの家を借り、医者のフィラートルらと交流する。ある日ハーヴェイは「波の上を駆ける女」ということばを啓示のように受け取り、また港に降りた、トランクをもった少女に心をひかれる。帆船「波の上を駆ける女」号を目にするや、ハーヴェイはたまらずフィラートルらに働きかけ乗船しようと試みる。
「波の上を駆ける女」という啓示、船長ゲスのたくらみによって海の中心でボートとともに捨てられたときにやってきた、守り神のような女、船の所有者の娘との偶然の出会いなど、幻想的な要素が散在する。
ハーヴェイが出発した港町や、彼がたどりついたカーニバルの港町は、すべて架空であり、具体的な位置はぼかされている。
この小説の世界には、オーストラリア、イタリア、パリ、アメリカなどが存在するようだが、直接赴いたりすることはない。物語の舞台はあくまで所在不明である。
話としては、不思議な啓示に導かれた男が紆余曲折を経て若い娘デジーと結婚するというものである。
カーニバルの町において、密輸の分け前のトラブルから、ゲス船長が船員に射殺される以外に、めぼしい事件はない。
夜の港を照らすするカーニバルの灯り、仮面の人びとと灯火、神輿を載せたたくさんのボート、色彩豊かな祭りの風景が印象的だった。
啓示に導かれ、快活な若い娘を手に入れるハーヴェイは、不動産を所有しており、事務員のような男に定期的に送金してもらっている。ハーヴェイはつねに冷静沈着であり、船上のトラブルではゲスにアッパーをくらわせノックアウトする。
難解で意味のとりにくい独白が多いが、独白の多い人物にありがちな陰鬱さや卑屈さがないため、全体として好感がもてる。
この制作物の主役は海と船、それに不思議な啓示である。また、カーニバルの風景も中心を占めている。