うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『ミグ25事件の真相』大小田八尋

 1976年のミグ25事件について、当事者によって書かれた本。

「本書は、二四年有余も封印されていた「事実上の防衛出動」の実態を、法務官の目を通し、陸上自衛隊を中心に描いたものである」。

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 一九七六年、函館空港ソ連戦闘機ミグ25が強行着陸し、パイロットのペレンコ中尉が米国への亡命を要求した。陸上自衛隊はこの事態に対処しようと動き出すが、地元警察に戦闘機への接近を阻止された。

 ソ連戦闘機の着陸と、引き続いてやってきた「ソ連軍ゲリラによる本土侵入と戦闘機奪回」の情報は、自衛隊や国家機関の欠点を浮き彫りにした。

 諸官庁は縄張り意識が強く、自衛隊は事件に対処できず、基地の幹部はNHKの中継によって情報を入手していた。

 自衛隊の情報収集能力は脆弱であり、米国駐在武官の情報に頼らざるをえない状況にあった。このため、「ソ連軍ゲリラの襲来」を疑うことなく一級情報として受け入れることになった。著者は日本を「情報弱国」と評する。

 ゲリラに対する作戦準備の過程で最大の障害が法整備関係である。当時は有事法制が確立されておらず、総理大臣の行動命令がなければ作戦の展開ができず、発砲することもできなかった。

 現地の陸自は隊員を基地に常駐させ、戦車や高射砲など各種の準備をおこなうが、三木武夫首相はこの動きにたいして命令許可を出さなかった。三木は、ミグ25事件から距離を置いていた。

 現地の指揮官たちは、ソ連の戦闘機編隊がやってきた場合、またゲリラ兵が侵入した場合、行動命令を待たずに攻撃することに決めたという。

 戦前の文民統制の無視、暴走の教訓から、戦後、自衛隊への法的拘束は厳しいものになった。一方、当時の担当者は、まともな規範が確立されていない状態で、文民統制を重んじてこれに服することは、大損害につながると考えた。

 結果的にソ連軍は来ず、臨戦態勢は解除された。

 この一件は「事実上の防衛出動」だったが、政治からの命令により一切の証拠が破棄されることになった。著者含む当事者の自衛官たちは記録を残そうとした。

 陸海空統一の軍令のための中央指揮所の設立、有事法制の整備などが徐々に進んだが、まだ理想には程遠いという。

 本書は法務官という視点から有事の行動を観察している。 

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 ◆所見

自衛隊が法的にいい加減な取り扱いを受けているというのは事実である。そのため、現実無視の法律にこだわる必要はないという感覚が生まれた。

・本書全体で主張されている、「脅威に対しては、実情を知らない文民の指示を待たずに、現場判断で行動する」という意識が組織内に根付いている。それは現役やOBの発言からもうかがわれる。

 このような認識を集団の中に普及させたという点で主権者はよく考えなければならない。

・政府は伝統的に、この集団を適当な規則で、その場の都合で運用してきた。

・政治と外交のための道具として考えた場合……一部の日本企業および合衆国に金銭的な便宜を図るだけの組織で、実際には欠陥の多い疑似軍隊で本土防衛が不可能でも構わないということか。しかし、わたしたちはそういう官庁のために税金を払っているわけではない。

ミグ25事件の真相―闇に葬られた防衛出動 (学研M文庫)

ミグ25事件の真相―闇に葬られた防衛出動 (学研M文庫)