うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『大地』パール・バック

 中国人家族の数世代について書かれた本。

 歴史と世の中の動きに対して、個人が抵抗するのは大変困難である。

 

 具体的な年代や、場所は曖昧にされており、社会情勢の叙述や歴史的説明もない。あくまで王龍たちの生活に視点を定めて物語を進める。文が表現するのは、畑、田んぼ、野良仕事、屋敷といった、日常的なことである。

 年長の親族、父、老人を敬う風習には、弊害がつきまとう。勤勉によって土地を手に入れ、豊かになった王龍に寄生する叔父とその一家は、長男を堕落させる。さらに叔父本人が匪賊の一味であることがわかる。しかし、叔父を訴えるという行為は社会から攻撃されるのでできない。正義よりも忠孝が重視されるからである。

 有害な叔父は老人の支配そのものである。

 かつての大地主は阿片中毒になって没落し、匪賊の叔父一家も阿片漬けになってひなびて死ぬ。王龍が若い頃結婚した妻も死に、三人の息子も育って手に負えなくなる。現在はすぐに目の前を去ってしまう。

 王龍にとっては、変転する世界のなかで、土地だけが変わらぬものである。大地は永遠不変をあらわしている。ところが、王龍が死にかけているとき、息子たちは土地を切り売りする計画をたてる。大地もやはり亡びるものだった。

  ***

 ――事実、王虎は怒っていなければ残酷になれないのである。怒っているときでなければ人が殺せないというのは、人を殺すことが栄達の手段である軍閥の将領にとっては、まさに弱点であった。冷酷に、あるいは無造作に、あるいは主義のために、人を殺すことができないのは自分の弱点だと王虎は知っていた。

 藤本正行は戦国合戦の性質について、近代的な国民軍とは傾向が異なることを指摘した。『大地』においても、王虎将軍は中世の戦国大名に似た思考をもっている。

 王虎将軍の銃と軍隊は、彼が私財を投じて創設したものである。だから、無駄な合戦や攻城で消耗することはなるべく避けねばならない。とある県城を落とす際も、数ヶ月のあいだ、耐えて包囲戦をおこない、敵の部下の寝返りを誘い、陥落させることに成功する。

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 時代は下り、共産主義が中国にも伝播した。

 ――……じつをいうと元には、どうしても、「この男は金持ちだから悪人だ。この男は貧乏人だから善人だ」とは思えず、したがって、それがどんな偉大な主義であろうと、主義というものを信ずることができなかった。

 ――……病弊を解決する主義というものが、なんとなく信用できなかった……

 

 中国人留学生がアメリカ人を見た以下の感想について。

 ――盛は、まもなく元が狭い世界にとじこもって、あまりにもひとりぽっちで暮らしていることを知って、元の考え方を非難しはじめた。……ぼくらは故国にいるときは書物を崇拝していた。ところが、その結果は、げんにきみの見るとおりだ。この国の人間は、世界じゅうのどの民族よりも書物に関心をはらわない。生活に役にたつものだけに関心をもつのだ。彼らは学者を崇拝しないで、逆にばかにしている。彼らの口にする冗談の半分は教師を種にしたものだ。給料だって召使に払うよりもすくないくらいだ。してみれば、そういう老先生たちから、この国の人間の秘密を知ることができるとは思えないではないか。また百姓の小せがれから学ぶだけでは十分とはいえないだろう。元、きみはあまりに偏狭すぎるよ。きみはひとつのこと、ひとりの人間、一つの場所だけにかじりついて、ほかのものをみんな見のがしているのだ。どこの国民よりも、この国の人間は、書物のなかでは理解できない。彼らは自分たちの図書館に世界じゅうの書物を集めて、小麦や金を集めて使うようにそれを使う――書物は彼らの持っている計画のための資料にすぎないのだ。元、きみは一万冊の本を読んだって、彼らの繁栄の秘密はわからないぜ。

  ***

 「大地」は、農民王龍がひたむきに耕作することで富をつくり、子供を残す話、「息子たち」は父親から受け継いだ土地を切り売りし、それぞれ別の生活を営む三兄弟の話、「分裂した家」は没落した軍閥の老将軍と、アメリカ留学で祖国と米国を観察するその息子の話である。

 時代の移り変わりや、社会の変化が中国の中心を占めており、人間はひたすらふりまわされる。

 王龍が一生をかけて耕した土地や畑も、息子たちには重荷でしかない。息子たちは働くことを厭う。王龍も、わが子が悠々自適の生活を送るのを誇らしくおもう。三男は夢想を抱いて軍隊に飛び込み、軍閥として地位を築く。ところが、息子の留学費用のために兄弟に借金するはめになり、兵隊を放出し、最後には匪賊に襲われて半殺しの目に遭う。

 辛亥革命は新しい軍閥を生み出しただけであり、王虎将軍の息子世代が熱狂する革命軍も、やがて腐敗し、共産党によって壊滅させられる。

 人間の力はあまりに小さいが、それでも各自は必死に道を見出そうと奮闘している。

 第三部は伝統中国とアメリカ文化のあいだで悩む青年を主人公にした教養小説風のつくりである。洗練された都市の文化と、野暮ったい田舎の風習とを観察する青年の視点に共感を覚えた。

 

 若者にとっては、いつの時代も、父や祖父の世代は単純明快であり、皆、確信に満ちて生きているようにみえる。蒋介石毛沢東の時代に生きた王元も、「われわれの時代には確たる価値観や生き方が欠けているのではないか」と悩む。

 過去がわかりやすくみえるのは、それが整理されたものだからである。現在は、つねに混乱している。社会の安定度の差こそあれ、現在を生活するものはみな目隠ししてたがいに剣を振り回すような状態に置かれている。

大地 (1) (岩波文庫)

大地 (1) (岩波文庫)

 
大地 (2) (岩波文庫)

大地 (2) (岩波文庫)

 
大地 (3) (岩波文庫)

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大地 (4) (岩波文庫)

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