うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『DNA』ジェームス・ワトソン アンドリュー・ベリー

 本書の目的……DNAの謎を解明するまでの歴史を概説し、DNAとは何かを説明する。DNA研究と社会との関わりについても詳しく書かれている。

 著者はDNA解明に寄与した科学者であり、上下分冊だが大変読みやすい。

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 1 メンデルは遺伝子の存在を予見したが、かれの定量的な研究は半世紀の間無視された。メンデル説は、ダーウィンの提唱した進化論とも適合していた。

 遺伝学がモーガンらのショウジョウバエ研究によって確率された後、ゴールトンらが優生学を打ち出した。

 ――ヴィクトリア時代の人びとは……上品さ、高潔、勤勉といった美徳も不潔、不貞、怠惰といった悪徳も、家系に伝わる特質であり、代々遺伝していくものと考えていた。彼らにとって道徳や不道徳は、ダーウィンの言う遺伝的変異の一例にすぎなかったのだ。もしも数において優る下層民がこのまま上層階級よりも増え続けていくなら、「不良」遺伝子が広がり、人間は亡んでしまうだろう、と人びとは考えた。

 ――……人間においても、何世代かにわたり相手をよく選んだ結婚を続けることにより、優秀な血統を作りだすことが可能である。

 優生学に基づいた人種差別、断種政策はまずアメリカで普及した。こうした優生主義政策はスイス、北欧でも実施され、ヒトラーはこれにならった。やがてヒトラーは断種の代わりに安楽死を導入し、最終的にホロコーストまで到達した。

 戦後、優生学が消滅するとともに、「遺伝子と細胞内におけるその機能」を研究する遺伝学が始まった。

 2 遺伝情報を持つDNAと、その2重らせんの構造が発見された。DNAはATCG(アデニン、チミン、シトシン、グアニン)の4成分の配列からなる。

 3 RNAについて……RNAはDNAとタンパク質の生成を媒介するものであり、DNAよりも前から存在している。

 「染色体上のDNAがもつ遺伝情報によって、それと相補的な配列のRNA鎖がつくられ、そのRNA鎖が各タンパク質におけるアミノ酸の順序を決める鋳型になっている」。クリックは、DNA→RNA→タンパク質という情報の流れをセントラル・ドグマと呼んだ。

 4 DNA組換え技術……70年代、DNA組換え、クローニング技術の研究に対して社会的な批判、非難が巻き起こった。しかし、DNA塩基配列の読取技術及びDNAに含まれる暗号を持たない配列(イントロン、ジャンク)の研究が進展した。

 遺伝子には暗号配列(エクソン)と、暗号を担わない配列(イントロン)とがある。DNAがRNAに転写されると、イントロンは取り除かれる。やがてRNAがメッセンジャーRNAに編集され、メッセンジャーRNAがタンパク質に翻訳される。

 5 バイオテクノロジー……遺伝子研究はまず製薬業と結びつき、やがて一大産業となった。糖尿病患者のためのインスリン開発に際し、学者と経営者が協力した。大学とビジネスの関係は徐々に変化していった。DNA研究の特許を巡って、米国は良くない慣習を生んでしまった。

 がん研究が進められる一方で、遺伝子組み換え食品への激しい反対運動が起こった。

 エイズウイルスはDNAを持たないレトロウイルスであり、宿主細胞に進入した後、自らのRNAをDNAに逆転写する。この機能を果たすのが逆転写酵素である。

 バイオテクノロジー黎明期においては、厳しい規制と防護対策が取られた。

 ――ギルバートのチームは、ヒトのDNAをクローニングするためにP4封じ込め施設を使わなければならなかった。これは最高レベルの封じ込めであり、エボラウイルスのような不快な生物を取り扱うために必要になる施設である。ギルバートらはどうにかイギリス軍部を説得し、南イングランドのポートンダウンにある応用微生物研究所(生物戦のための研究所)への立ち入り許可を取り付けた。

 ――学問としての分子生物学とビジネスとしてのそれとの初期の関係には、不信感や聖人ぶった態度がつきものだった。しかし過去20年間に、そうした関係は生産的な共存関係にとってかわられた。……今日では、DNA関係の有能な研究者はバイオテクノロジー産業にも関与するのが普通になっている。その世界では大金が転がりこみ、知的にもやりがいがある。なぜならバイオテクノロジーは、事業として成功する条件が十分にあると同時に、今も最先端の科学だからだ。

 6 遺伝子組み換え農業……厳しい反対運動を克服しつつ、遺伝子技術を利用した農業が発展する。

 ――遺伝子工学は、害虫への耐性をもつ作物を作りだした。農薬の使用が減少したことにより、自然環境にも大きな恩恵がもたらされた。ところが皮肉にも、いわゆる遺伝子組み換え(GM)作物の導入にもっとも強硬に反対してきたのは、環境保護団体だったのである。

 植物にDNAを注入する際には、遺伝子銃という装置が用いられる。

 昔の農民たちは交配によって遺伝子操作を行ってきたが、現在のバイオテクノロジーはこの農業技術の延長線上にある。

 ――……将来、植物は私たちに必要な栄養を供給するだけでなく、ワクチンタンパク質の経口投与という面でも鍵になるだろう。たとえば、バナナは輸送しやすく、また生のまま食べることも多いので、遺伝子工学を用いてポリオワクチンタンパク質を生産するバナナを造り、そのワクチンがバナナに蓄えられるようにできれば、いつの日か、公衆衛生のためのインフラを持たない地域にもワクチンを普及させられるかもしれない。

 われわれの植物は遺伝子組み換えを用いずとも、鉛や農薬、細菌などによって汚染されている。問題は汚染の程度である。

 ――遺伝子組み換え食品への反対運動は、ほとんどが社会政治的なものであり、科学の言葉で語られてはいても、概して非科学的である。……遺伝子組み換え食品を悪魔のごとく決めつけ、その恩恵を放棄するのはまったく愚かなことである。……今日繰り広げられている論争では、聖人ぶった無知のために私たちの社会は後れをとろうとしている。心にとどめておくべきは、飢餓状態にある人びとの生命や、私たちにとってもっとも貴重な遺産である自然環境がどれほど危機にさらされているかということなのだ。

 

 7 ヒトゲノムプロジェクト……英米が互いにヒトゲノム解析を進め、病気との闘いに新たな1歩を刻んだ。

 ゲノムとは個々の細胞の核に含まれている一揃いの遺伝的指令のことである。ヒトには双方の親から受け継いだゲノムが2つ含まれている。ゲノムのサイズはひとつの細胞に含まれるDNAの半分である。

 8 ゲノム解読の結果、ヒトの遺伝子はアブラナよりそう多くはないということがわかった。なぜヒトの遺伝子は意外に少ないのか。

 ――私は、知的だからこそ遺伝子は少なくてすむのだと考えたい。知的であるおかげで……わずかな数の遺伝子で複雑な機能を実現できるのではないのだろうか。わたしたちは脳を持つので、眼のない小さな線虫と比べて、感覚も鋭く、運動能力も大きく、取りうる反応の種類も多い。

 一方、植物は行動の選択肢が少ないため、様々な環境に対処するために多数の遺伝子をもたなくてはならない。

 ヒトのゲノムの半分はこれといった機能を持たず反復の多いジャンク配列である。アブラナでは12パーセント、線虫では7パーセントがジャンクである。

 DNAが父祖から受け継がれることを垂直移動、DNAを外部から取り込むことを水平移動という。この違いはわれわれと細菌との違いに注目するとわかりやすい。

 ヒトのような複雑生物は外部から物質を取りこまないよう設計されている。一方、細菌は激しい化学変化にさらされるため外部の影響に適応するようつくられている。このため、高温環境や無酸素環境、太陽の影響の全くない場所で生きられる種が存在する(「極限環境微生物」)。

 

 ――ヒトゲノム計画により、ダーウィンの説は、ダーウィン自身が夢見たであろう以上に正しかったことが証明された。詰まる所、さまざまな生物がよく似た分子を持っているのは、すべての生物が究極的には共通の系統に属しているからなのだ。

 

 新たに生まれたゲノミクス、プロテオミクス、トランスクリプトミクスの目的は、生物発生と機能を分子レベルで解析することにある。

 9 人類の起源

 ネアンデルタール人はドイツで発見されたがわれわれとは遺伝的に隔たっている。よってネアンデルタール人が亡ぶと同時にわれわれが出現したことになる。

 古代のDNA解析の際は不純物を排除することが重要である。わたしたちの皮フは日々大量の死んだ細胞を落とし、DNAをまき散らしているからである。

 ヒトとチンパンジーの実態の大きな違いは、つまり進化にとって重要な変化のほとんどは、「DNAの中でも遺伝子のスイッチングをつかさどる部分に起こった」。同じ遺伝子を別の方法で働かせることにより、大きく異なる生物がつくられる。

 ミトコンドリアDNA(女系)をもとにヒトの系図をつくった結果、共通祖先はアフリカで出現し、やがてアフリカ人と、非アフリカ人に分かれた。

 ランダムな絶滅(男が生まれない、家を継がない等)は必ず起こる。

 人類の文化の起源はいまだにわかっていないが、約50000年前、現生人類は突如として文化を手に入れた。言語の発明がこの進化にかかわっているのではないかと推測されている。

 ヨーロッパ人は小さな家族を起源としており、ほぼすべてのヨーロッパ人は「イブの7人の娘」のうちのどれかの子孫である。

 遺伝的に、移動速度が速いのは女性である。なぜなら女性は家から出され、村から村を転々とするからである。一方、男性は家族の中にとどまる。「人類の歴史を形作っているのは、少なくとも遺伝子のレベルでは、女性が村から村へと移り住む行動なのである」。

 他の種と比べて、ヒトゲノムは個体の差がほとんどなく、極めて均一的である。また、遺伝を司る部分はゲノムの中で2パーセント程しかない。

 10 遺伝子の証拠としての利用……DNA指紋分析はイギリスの遺伝学者アレック・ジェフリーズが偶然発見したものである。

 血液、精液、髪の毛、体組織から個人DNAが特定できるようになり、科学捜査に革命を起こした。

 最初はDNA鑑定に対し懐疑の眼を向けられたが、やがて各国で浸透していく。米国等では、レイプや凶悪犯罪についてはDNAが残っている場合、時効が取り消されるようになった。

 父子鑑定や、歴史的人物の遺体についてもDNAが利用された。

 正義にとってDNA鑑定は、「ものごとをありのままに見るための道具である」、と遺伝学者は言う。

 11 遺伝病の研究……DNAマーカーといわれる技術から、病原遺伝子を特定する技術が生まれた。この研究はハンチントン病(舞踏病)からはじまった。

 がんを含む様々な遺伝病の研究は、島の住民や、血縁関係の記録が残るアイスランドの住民などを対象に進められた。

 

 12 舞踏病や筋ジストロフィーといった遺伝病の病原遺伝子は特定されたが、治療法はほとんど確立されていない。

 ダウン症となる染色体異常がある場合、高齢出産になればなるほど発症確率は高まる。現代では出生前診断によりほとんどの女性が中絶するため、ダウン症患者は減少傾向にある。

 遺伝子診断は、本人だけでなくその親族の遺伝情報も明らかにしてしまう。

 科学の進歩は必ずしも病気の治療と結びついていない。また、スクリーニング(出生前診断)に反対する声もある。

 ――……乱暴に言ってしまえば、スクリーニングとは、この病気をもつ胎児の中絶を促進することなのだから。

 スクリーニングの問題は個人的であると同時に社会的である。障害児を一生涯国が養うコストは高く、「小さな国では、政策の誤りによる余分な出費を許すゆとり」がない。生む生まないの判断は自由主義の国では当人に任せるものだが、著者は、スクリーニングで病気が減らせるのは確実であり社会的な善であると考える。

 DNAの修復……通常の細胞は自分と同じ細胞しか作りだせないが、幹細胞はどんな細胞でもつくりだせる。将来、アルツハイマー等で損傷した脳細胞を、万能細胞をつかって修復できるようになるかもしれない。

 13 科学は社会的な要求やイデオロギーにさらされる。ソビエトの科学はスターリンとルイセンコによって歪められ、完全な疑似科学が長い間権威を持っていた。

 ――しかしこの極端な例がはっきりと示しているように、イデオロギーは、それがどんなイデオロギーであっても、科学とはそりが合わないということだ。なるほど科学は「好ましくない」事実を明らかにするかもしれない。しかし重要なのはそれが「事実」だということだ。邪な意図からであれ善意からであれ、事実を隠したり、その公表を妨げたりすることは、すべて有害である。

 人種や肌の色、知能レベルについて遺伝的な研究をすることは避けられがちである。しかし、人種と遺伝病、肌の色と皮膚がんには大きな相関あり、また知能レベルと遺伝を調べることは教育制度にとっても有意義ではないだろうか。

 人間の身長を含む大抵のことは、「釣り鐘型」分布を持つ。しかし、これが知能にもあてはまると主張すると議論が生まれる。

 ――そんなわけで、こと知能の話になると、「生まれ」か「育ち」かの論争が、実力主義社会の気高い抱負と絡まり合ってくるのである。

 『ベルカーブ』は人種ごとにIQの差があり、環境だけでは説明できない、と主張し論争を呼んだ。

 

 おわり 

 科学と政治、道徳の関係について、これまでの主張をまとめたもの。科学は社会の環境を改善するための強力な道具になるとワトソンは考える。 

DNA (上)―二重らせんの発見からヒトゲノム計画まで (ブルーバックス)

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DNA (下)―ゲノム解読から遺伝病、人類の進化まで (ブルーバックス)

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 DNAや遺伝は論争を生む傾向にある。以下は類似のテーマについて書かれた本。わたしは遺伝学や生物学は全くの素人だが、いずれもおもしろかった。

やわらかな遺伝子 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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Bell Curve: Intelligence and Class Structure in American Life (A Free Press Paperbacks Book) (English Edition)

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