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うちゅうてきなとりで

the cosmological fort 無職戦闘員による本メモ、創作、外国語の勉強その他

『原子爆弾』山田克哉

 目的……原子爆弾の原理、放射能とは何か、等について説明すること、原子爆弾の理論を歴史を追って書くこと。

 原爆と原子力発電の原理はほとんど同一である。原爆を理解することは、原子力行政の理解にもつながる。

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 原子爆弾とは正確には原子核の分裂を利用した核爆弾を意味する。

 第二次世界大戦前夜から原子核の研究が進められており、第二次大戦は原爆の軍事利用を促進させた。アメリカにおいては平均年齢26歳の科学者たちによるマンハッタン計画が進められ、ドイツにおいてはヴェルナー・ハイゼンベルクが、日本では仁科芳雄がそれぞれ研究を進めた。

 19世紀末、フランス人ベクレル放射能を発見し、キュリー夫人、ラザフォードが研究を発展させた。同種の原子からなる物質を元素といい、ウラン、トリウム、ポロニウムラジウム等の重い元素はその原子核から放射線を出す。放射線のエネルギーは化学反応よりもはるかに巨大である。この放射線エネルギーをいっぺんに取り出せたら、「瞬時に厖大なエネルギーが放出されるだろう」。それを実現したのが原子爆弾である。

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 オーストリア生まれの女性研究者リーゼ・マイトナー、オットー・ハーンらは核分裂を発見する。マイトナーはアインシュタイン特殊相対性理論の式E=mc2にヒントを得た。

 フランス人ベクレルウラン鉱石から何らかの線が出ていることを発見する。これに関心を抱いたピエール、マリーのキュリー夫妻は電位計等を利用して放射性元素の存在をつきとめ、ラジウムポロニウムを発見する。この時代にはまだ放射線の性質がわからず、2人は被爆した。

 分子や原子の存在がわからなければ放射線を解明することはできない。量子力学が生まれたのは1905年以降のことである。

 トムソンは電子(エレクトロン)を発見し、続いてラザフォードがアルファ線ベータ線ガンマ線を発見し、さらに原子核の構造を発見する。チャドウィックは中性子を発見する。

 トムソンの息子ジョージ・トムソンが核分裂連鎖反応の研究によりノーベル賞を受賞した時期になると、ヒトラーが政権を取り、ドイツの原爆開発が現実味を帯びたものとなっていた。科学者たちは核分裂研究の危険性を察知し、エンリコ・フェルミや、ユダヤ人科学者はアメリカに亡命する。

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 その後、アインシュタインはじめとする科学者たちの請願により、アメリカ政府は原子爆弾開発のための資金援助を決定する。陸軍グローブズ中将のもと、マンハッタン計画が進められる。オッペンハイマーや、フォン・ノイマン、ハンス・ベーテ等、当時の世界的な名声を持つ科学者から、若い大学院生まで、皆が団結して開発に邁進した。

 原子爆弾の開発にはウラン235またはプルトニウム239が必要となる。これを抽出するためには濃縮ウランの製造が不可欠だった。濃縮ウラン製造器の開発に成功したのはアメリカのみで、ドイツは最初から手をつけなかった。日本は開発を目指したが資金がなかったという。開発に必要な重水はノルウェーの工場から供給されていたが爆撃によってドイツは輸送路を絶たれた。アメリカは重水ではなくグラファイトを利用した。

 核分裂理論の原典としてボーア=ホイーラー核分裂理論が活用された。

 エドワード・テラーは原爆開発に携わった科学者である。後に、重い元素を分裂させる原爆をさらに発展させ、軽い水素を融合させる水素爆弾を開発することになる。

 

原子爆弾―その理論と歴史 (ブルーバックス)

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